第59話

 梅雨が鬱陶しい六月。

 今月の主な出来事は、俺の誕生日と昨年十二月にあった総合コンサートの映像ソフトの発売である。

 ということは、テーブルの上に載せられたBDやDVDの数に呆れることになるわけだ。



 +++



「…………。……いや、ちょっと、買い過ぎじゃ、ないかな?」

「そうか? 俺としては、足りないんじゃないかと思っているんだが」

「すまん、美久里。お兄ちゃんの今の財力では、これが精一杯なんだ」

「大学生の俺では、視聴用、鑑賞用、保存用の三つで限界……」

「息子どもは頼りないな。見ろっ!! パパの用意した数をっ!」


 いや、所属しているフォルテシモが、複数買いさせようと企んでいるのも丸わかりなラインナップだけど。

 通常版の他に限定版や特別限定版、更には豪華限定版とか、去年までのより種類が増えているのも確かだけど。


「四人で相談して買えば良かったのに。全部で幾つあるの……?」

「保存用のやつは未開封でいくから、人気投票の用紙が使えないだろ?」

「視聴用も全員分必要だからな。いざ、見ようとして見れないのは悲しいからな」

「俺も、美久里の順位に貢献したいんだよ」

「もう直ぐ、夏のボーナスだから大丈夫だ」

「はぁぁぁ」


 最後の溜め息は母である。

 うちの男どもは馬鹿ばかり、とか思っていそうだ。


「初の人気投票だ。順位は高いほどいいだろう?」

「ネットでは、武智 梨奈ちゃんや内川 知実ちゃんとの上位争いという話だしな」

「確かに二人とも可愛いが、うちの妹も負けていないから」

「うちの娘が一番可愛いに決まっているだろう!」


 シスコンと親馬鹿がうるさい。

 応援してくれるのが、嬉しいが限度というものがあるだろう。


「あなたたち、これ以上は買うことを許しませんからね」

「なっ!」

「給料とボーナスが出たら、買い増しするつもりなのに……」

「俺は、もう買えないけど」

「か、母さん。娘の晴れ舞台なんだぞ?」


 母の購入追加禁止に、ショックを受ける男三人。

 大学生の三兄だけは別だが。


「ママの言う通りだよ。お金は有限なんだよ? 嬉しいけど、もう充分」

「み、美久里」

「ありがとう。パパ、お兄ちゃんたち」

「美久里~~~」


 感極まったように抱き着こうする父親を、スルリと華麗にかわす。


「み、美久里……。なぜ、けるんだ?」

「暑苦しいのは、イヤだから」


 愛娘に拒絶された父は、ショックを受けた表情を見せる。

 いくら現世の父とはいえ、梅雨の湿気が多い季節に抱き着かれるのは遠慮したい。


「もう買わないでね。お兄ちゃんたちも」

「わ、わかった」

「仕方ないか……」

「だから、俺は買いたくても買えねえって」


 父の代わりに抱き着こうとして、俺の発言に身体を止めた兄たちにも念を押す。

 俺を応援するつもりでも、ここまてくれば浪費と同じだ。



 +++



「は、はじめましてっ! 安住、だ、大輔ですっ!」

「もう……。江里口 実佳です。よろしくお願いします」

「くすっ♪ 都田 早希子です。本日は、よろしくお願いしますね」


 七月の放映開始に向けて、ドラマ撮影も順調に進む。

 本日の撮影の設定はこうだ。


 俺演じる、都田とだ 早希子さきこに一目惚れしまった辻井 卓哉君が演じる安住あずみ 大輔だいすけ

 彼は超絶美少女である俺の正体を突き止めようと東奔西走するが、所詮は高校生、安住君の世界は狭く、全く情報が無い。

 この辺りの話が、第一話から三話途中まで続く。


 ここで登場したのが頼りになる幼馴染、渡辺 夕帆さん演じる江里口えりぐち 実佳みかちゃんだ。

 彼女は自分の人脈から俺の名前を判明させ、更に接触できるチャンスを調べ上げてきたのである。


 俺も、そんな有能な同性の幼馴染が欲しかった。

 勘違いしそうな男子の幼馴染は全くいらないけど。


 さて、そのチャンスとは茶道の体験教室という設定である。

 撮影が始まった時は未だ設定が固まっていなかったらしいのだが、第一話撮影時の俺を見て脚本家が決めたらしい。


 というわけで俺は和装、つまり着物を着ている。

 正直、地味目な小紋と言われる物らしいが、前世知識でも抜けている分野なのでよくわからない。

 ただ、和装で清楚な超絶美少女という見た目で視聴率のアップを期待しているようだ。


 確かに着替えた後で鏡の前に立った時、自分自身の新たな魅力に驚いてしまった。

 充分、時代劇でもやっていける、注目を浴びそうな日本美人が映っていたから。


 おそらく、予告や番宣CMで俺の着物姿が何度も放送され、世間の話題を誘うだろう。

 全く、自分の稀有な美貌が恐ろしい。



 +++



 実は俺には茶道の経験が無い。

 今どきの一般家庭なら、それが普通だろう。


 とはいえ、神様チート持ちの反則的な俺である。

 記憶力と演技力チートで、撮影前の数日の指導で問題ないレベルには達することができたようだ。


 指導してくれた某流派の高位お免状持ちの女性は、本当に初心者なのかと驚かれたようである。

 今後も続けるように熱心に勧められたが、余裕があればと何とかのがれることができたと思う。

 正直、茶道だけでなく華道や日本舞踊にも興味は無いから、演技の仕事で必要になったら習う感じで良いだろう。

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