第58話
五月のゴールデンウィーク明け。
遂に待ち侘びた演技の仕事、女優の仕事が俺にやってきた。
もっとも直接自身に来たわけではなく、梨奈さんにオファーされたドラマの話が彼女に断られて俺に流れてきたのである。
相変わらず、シュステーマ・ソーラーレのエースは演技の仕事を断っているのだ。
まぁ、それで女優デビューが早まったので感謝しないといけない。
本来なら例大祭後になるはずなのだから。
これまで発揮する機会が無かった演技関連の神様チートが、いよいよ火を噴くことになる。
+++
「…………。……セリフ、有りませんね……」
「一話はそうね。でも、中盤には有るそうよ。……役柄上、そこまで多くはないと思うけど」
六期生統括マネージャーの種山さんから渡された最初の台本には、俺の出番は有るが台詞はゼロである。
「……流石にオーディションも無しで、新人にセリフの多い役なんてありませんか」
「まぁ、そうね。セリフが少ないから、演技経験を無視して依頼してきたんでしょうし」
俺が初めて出演するドラマはこんな感じだ。
まず、七月から平日の午後九時に地上波でワンクール放送される連続ドラマである。
時間帯には、全く文句が無い。
原作は無く、ヒット作を多数産み出した脚本家によるオリジナル作品。
これにも、文句どころかもろ手を挙げて喜ぶべき要素である。
内容は幼馴染である男女の高校生が、他の異性に目を奪われたり興味を持ったりしつつ、最終的には結ばれるという恋愛ドラマだ。
ここでの俺の役割は男の方の幼馴染が目を奪われる、他校の美少女というものである。
そんな俺の存在が当て馬となり、女の方の幼馴染にも同じ感じの男が出てきて、なんやかんやがあり、最後には幼馴染がくっつくという話だ。
そんな俺の記念すべき第一話は、幼馴染が一緒にいる時に見掛けられるという通行人と同様な登場である。
というわけで、台詞も無く演技力も必要なさそうな場面が俺のドラマデビューになるわけだ。
「中盤に、どれだけ出番はあるのかな?」
「プロットがあるだけで、細かい脚本はドラマを撮っていくうちに変わるそうよ」
そんな適当で良いのかとも思うが、それが許されるのがヒットメーカーである脚本家の力というわけである。
「監督は若手だから、脚本家が一番重要な人物になるわ」
「……脚本の先生が多く使ってみたくなるよう、がんばります」
「ええ。お願いね」
+++
「初めまして。フォルテシモ所属、萱沼 美久里です♪ 本日からよろしくお願いします♪」
「ああ、よろしく。初めてのドラマ出演らしいけど、頼むね」
「はい♪」
今日も種山さんをお供に、ドラマロケ地に移動する。
その場所は、とある私立高校だ。
主人公の幼馴染男女が通う高校として、放課後や土日に一角を借りて撮影するのだ。
そう、今回の俺の役も高校生である。
実際の年齢より少し上の役柄ではあるが、俺の美貌なら充分に説得力があるだろう。
まぁ、設定によると俺は他校生なので、この高校での撮影は無い。
今日は近くの道路で制服姿で颯爽と歩く俺を、主人公たちが見掛けるというのが俺が関わる撮影である。
+++
「初めまして。フォルテシモ所属、萱沼 美久里です。今日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ初めまして。研演計画所属、
「よろしくお願いします。ツバキカンパニーの
今日の撮影で俺に関わる、主人公役の二人と挨拶を交わす。
辻井さんも渡辺さんも子役からの役者で、人気脚本家の仕事に参加したこともあり、それで幼馴染役に選ばれたそうだ。
二人とも演技を評価されての抜擢で、容姿は並みより上程度という感じである。
もっとも、カッコイイ男子と美少女な女子の幼馴染なら、他の人に心を揺らされずにくっついていてもいいはずなので、キャストとしては相応しいとも言えよう。
「初めてのドラマ撮影なので、迷惑を掛けたらごめんなさい」
「いえ。今日の撮影はそこまで難しくないので、大丈夫だと思います」
「そうですよ。自然体でリラックスしてやれば、問題無いはずです」
「わかりました。緊張しない程度に緊張して、がんばります」
「ははっ」
「くすっ」
子役として芸能界に長く在籍していた二人だからか、俺の美貌に圧倒されることはない。
撮影が始まるまでの短い時間に少し会話をしたが、辻井さんが俺より二歳年上の高校二年生で渡辺さんは一歳年上の高校一年生だそうだ。
+++
「──ちょっと、大ちゃんっ! 中間テストは大丈夫なのっ!?」
「ああ、大丈夫大丈夫。ちゃんと、それなりには勉強してる」
「それなりって……。高校に入って、初めてのテストだよ? もっと、がんばらないと」
「うるせえ」
「うるせえって何っ!!」
家が隣同士で年齢も同じ。
保育園から通う学校も全て同じ。
そんな男女の幼馴染が通学路の帰り道で、痴話喧嘩を披露している。
そんな二人の前を、超絶美少女である俺が通り掛かるわけだ。
「実佳。お前は俺の母、親、……か。…………」
「んっ? 大、ちゃん……」
交差点の少し手前に辻井さんと渡辺さんが来るところで、スタッフの合図を期に俺がその前を横切る。
二人とは違う制服を纏いつつ、真っ黒で長い美髪をなびかせて颯爽と足を進めた。
監督に求められた通り、主人公たちに視線を送らずに本当にただ通り掛かっただけという感じで。
「……カットッ!! ……よしっ! 次は違う視点で撮るぞ」
流石に演技経験が多い二人は、この程度ではNGを出さない。
もちろん、ただ歩くだけの俺にも問題はなく、監督はOKを出した。
続いては去っていく俺の正面からカメラを向け、呆けたような顔で交差点に姿を見せる辻井さんに、驚いたようにそれに追随する渡辺さんを同一画面に映す。
後、俺が一話で撮影するのは、去っていく後ろ姿を幼馴染の背中越しに撮るだけだ。
主人公二人は幼馴染の男子が一目惚れし、それを女子が怪訝な顔で見つめる場面を色んな方向から撮らないといけないらしいが。
というわけで、俺の初撮影は特に神様チートを発揮する必要もなく無難に終わっていった。
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