第57話
ロケバスに入ると、中には女性のスタイリストさんとメイクさんが一人ずつ待機している。
「急いで着替えてね。メイクもあるから」
「わかりました」
「はい」
渡されたのは衣装だけでなく、ブラジャーまである。
「ブラまで変えるんですか?」
「ええ。今回の衣装は肩出しに、へそ出しだからね」
「露出度が高いですね……」
「そうね。……着替えるのは奥で」
スタイリストの指示に従って、バスの最奥に進む。
そこは目隠し用の遮光布で覆われていた。
外では俺たちのマネージャーが見張っているし、覗きや盗撮の危険性は無いはずである。
「さっさと着替えましょうか」
「そうですね。美穂さん」
バスの狭い通路で、超絶美少女と並んで服を脱ぎ出す。
隣で着替えている美穂さんにチラチラッと視線を送ると、白い肌のスレンダーな肢体が目に飛び込んできた。
バストは公称八十センチのCカップということで、そこまで大きくはない。
ウェストはくっきりとくびれて、胸との差を際立たせていた。
残念ながら俺に背を向けて着替えているので、興味あるバストの先端は見えない。
その代わりに、視界に映る背中のシミ一つ無い肌が俺の目には眩しかった。
見ているうちにストラップレスブラを付け始めたので、慌てて俺も着替えを再開させる。
スカートを脱ぐ様子も見たかったが、流石に視線に気づかれそうなので我慢した。
「ふぅ……。着替え終わった?」
「もう、ちょっとです」
「それじゃ、先に行くわね」
「はい」
少し座席側に入り、奥側の美穂さんが通れるスペースを作る。
彼女は暑い夏に相応しい、肩やお腹を露出してスカートも短い衣装で遮光布をめくり、ロケバスの前方へ移動していった。
(俺も急がないと)
美穂さんとよく似た衣装を手に持つと、スピードを上げて着替えていった。
+++
「……お待たせしまった」
「わぁぁ。やっぱり、美久里ちゃんも似合ってる~」
「あ、ありがとうございます」
遮光布に囲まれたロケバス後方から出ると、スタイリストさんに黄色い声を上げられる。
お礼を言いつつ前方を見ると、最前席で美穂さんがメイクされていた。
「簡単でという話だから直ぐに終わるからね。少し待ってて」
「わかりました」
適当な席に座り、メイクが終わるのを待ちながら会話を聞く。
「姉妹がリラックスしているという設定らしいから、化粧しているかわからないぐらいに……。はい、終了っ!」
「……んっ、本当に早いですね」
「美穂ちゃん、若いからメイクする必要が少ないからね。それじゃ、次は美久里ちゃん」
「はい」
美穂さんがどいた席に座ると、メイクさんが化粧道具を両手に顔へ近づけてくる。
「……美久里ちゃんも、メイクする必要が少ないな~」
神様チートの美肌だからね。
まぁ、維持するために努力しているのも本当だけど。
前世の男時代では全く気にしなかったので、最初は面倒で仕方なかった。
今では習慣と化しているのが、面白く思える。
「…………。……はい、終了っ!」
「ふぅ。ありがとうございました」
「それじゃ、撮影頑張ってね。二人とも」
「はい」
「それでは、行ってきます」
準備を終えた俺と美穂さんは、二人に挨拶をするとロケバスから外に出た。
「……思ったより、寒くはないわね」
「でも、恰好が恰好ですからね。天気が悪かったり、時間が遅くなったりすると……」
「そうね。今回もスムーズに撮影が終わるよう、がんばりましょう」
「はい」
近づいてきたマネージャーたちを見て、俺たちも撮影現場へと向かう。
まだ陽が高いうちに撮影を終え、この夏仕様の薄着から解放されなければ。
+++
「お待たせしました」
「監督、準備は終わりました」
「おお、二人とも来たか。じゃ、早速だが撮影を始めるぞ」
撮影現場に着くと準備は完了して俺たち待ちだったらしく、直ぐにCM撮影が始まる。
周辺の野次馬が増えつつあるので、さっさと終わらしたいのであろう。
「おお、可愛い!」
「ちょっと、エロい衣装だな」
「美穂ちゃ~ん!」
「みくり~ん!」
撮影を見学している人たちから色んな声が掛かる。
出演者が俺と美穂さんということで、やはり若い男が多い。
「撮影は禁止で~す!! スタッフが合図をしたら、静かにお願いしま~す!!」
大柄な若い男性スタッフが野次馬たちに大きな声を掛けている。
外ロケはこういう問題があるんだなと思いつつ、監督の指示に耳を傾けた。
+++
撮影に関しては何も問題無い。
十五秒や三十秒という短時間。
セリフもほとんど無い状態では、神様チートは過剰とも言えよう。
「は~い、OKですっ! 撮影は終了です」
「おつかれ、二人とも」
「お疲れ様でした、監督」
「おつかれさまでした」
「まぁ、疲れるというほど、長時間じゃなかったけどな」
俺も美穂さんもNGを出さないから、サクサクと撮影は進んでいったのだ。
おかげで、四月にこんな軽装でも寒く思うようなことは無かった。
「それじゃ、もう着替えてきていいぞ」
「わかりました」
「はい。着替えてきますね」
「ああ、また機会があれば、よろしくな」
こう言って、監督は種山さんや美穂さんのマネージャーに会話の矛先を変える。
俺たちは着替えのためにロケバスに戻ろうとしたが、ここで話し掛けてきた人がいた。
「……お二人とも、お疲れさま」
「あっ、はい。お疲れ様でした」
「おつかれさまでした。今日の撮影がいかがでしたでしょうか?」
このCMのクライアントである。
相変わらず鼻の下を伸ばして、俺たちの露出した素肌に視線を送ってくる。
正直、少々の嫌悪感があるが、表面には出さずに笑顔を見せて対応した。
隣の美穂さんも、にこやかにクライアントの相手をしている。
「良かったよ。今度のCMも、世間の話題を集めるだろうね」
「そうなってくれると嬉しいです。ねっ? 美久里ちゃん」
「はい。好評だといいんですけど」
「いやいや、お二人が出てくれるんだから好評に決まってますぞ」
クライアントであるおっさんは美少女たちと喋れるのが嬉しいのか、口から流れ出る会話を止めない。
早く終わってくれと思っていると、何かに通じたのか彼の身体から着信音らしき音が聞こえてきた。
「それで……。あっ、ちょっと失礼……。もしもし──」
マシンガントークが中断して、少し身を遠ざけると隣の美穂さんも同じ行動をとっている。
それに気づいた俺たちが一瞬だけ苦笑を見せ合っていると、クライアントの電話も終了が近づいていた。
「──わかった。その件は私が連絡して早急に戻る。……それ以外に何かあるか? ……そうか。何かあったらまた連絡してくれ。では」
少し厳しめの表情で電話を切ったクライアントは、俺たちの方に向きを変えると笑顔を浮かべる。
「申し訳ない。直ぐに本社に戻らないといけなくなりましてな」
「はい」
「わかりました」
「今度は違う場所で話を聞きたいですな。それでは、次回もよろしくお願いしますぞ」
急いでいるのか挨拶もさっさと切り上げ、広報部の部長という男性は俺たちの前から立ち去っていく。
漸く解放された俺と美穂さんは同時に大きく息を吐くと、顔を見合させて笑ってしまった。
「くすっ」
「ははっ。……美穂さん、着替えに行きましょうか?」
「ええ。ちょっと遅れたから、急ごうか?」
何か監督と話し合っているマネージャーたちに合図を送ると、俺たち二人は駐車場のロケバスに歩き出した。
後でクライアントとの会話を、種山さんに報告しないといけない。
仕事が次も続くような話だったから。
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