第56話

 四月も半ばの天気の良い平日、学校を休んだ俺は都会から少し離れた微妙に田舎の街へ車移動していた。


「今度は外で撮影ですか」

「ええ。クライアントと監督の話し合いでね」


 今日は、以前撮った飲料CMを新商品に代えた続編的な撮影である。

 出演者も同じく、俺と宮下みやした 美穂みほさんの二人。

 俺に勝るとも劣らない、二歳年上で高校二年生な超絶美少女だ。



 +++



「おはようございますっ!♪ フォルテシモ所属、萱沼 美久里です♪ 本日はよろしくお願いします♪」

「おぉ。今日もよろしく頼むよ」


 現場に着くと、CM監督をはじめとする撮影スタッフが出迎えてくれる。

 クライアントや美穂さんは、まだ来ていないようだ。


「まだ、暫くは始まらないようね。私は少し挨拶で回ってくるから、車に戻って中で待っててちょうだい」

「了解です」

「直ぐに私も戻るから」


 撮影場所は、それなりに大きな河川の堤防道と河川敷である。

 そこから程近い河川敷内の駐車場に戻ると、預かったキーでドアを開けて車に乗り込む。


 まだ四月だが、直射日光を浴びる車内は結構暑い。

 とはいえ、エンジンを掛けて冷房を入れるわけにもいかない。

 前世のことがあるので、車の運転も可能だがアイドルとして余計な行動は慎むべきだ。


 暑さは持ってきたハンディファンで誤魔化しつつ、スマホを弄って時間を潰す。

 そうしていると、手にしていたスマホから着信音が流れ出す。

 画面に出たのは、種山さんの名前だ。


「……もしもし、萱沼です」

『もしもし。もう十分ほどで、クライアントや宮下さんが着くらしいので、戻ってちょうだい』

「わかりました。向かいますね」


 電話を切るとハンディファンと一緒にトートバッグに入れ、片手に車外へ出る。

 太陽光が眩しいが、車内よりは外の方が涼しい。


「さて、行きますか」


 車の鍵を掛けて確認を終えると、撮影場所へと向かう。

 すぐ近くの撮影現場周辺には、話を嗅ぎつけたのか人が集まり出していた。



 +++



「おはようございます。イノセントスマイルの宮下 美穂です。今日はよろしくお願いいたします」

「ああ、おはよう。すぐにクライアントも到着するから、それから撮影よろしく」

「わかりました」


 先に到着したのは、美穂さんの方だった。

 彼女は監督と挨拶を交わすと、マネージャーと連れ立って俺たちに向かって歩いてくる。


「お久しぶりです。美穂さん」

「美久里ちゃん、久しぶり。今日はよろしくね」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺たちの横では、マネージャー同士の挨拶が進行している。

 上手くいけば、この二人によるCMが続いていくかもしれないので、仲良くして損はないのだろう。


「そう言えば、映画主演、おめでとうございます」

「あっ、ありがとう。美久里ちゃんは、演技の仕事とか来ないの?」

「うちのグループは、基本一年間はアイドル活動に専念するんですよ」

「そうなんだ」

「まぁ、その壁を打ち破るのは私だと思われているらしいですが」


 クライアントを待つ間、美少女との会話を重ねる。

 仕事関係の話ばかりだが、それでも俺的には嬉しい。


「演技とかの勉強もしているんでしょ?」

「ええ。結構評価が高いんですよ。もっとも、一度やってみないと自分ではわかりませんけどね」

「そうね。レッスンと現場では、緊張度が全然違うからね」

「やっぱり、そうですよね……っと、到着したようです」


 ようやく、クライアントが到着して監督たちと挨拶をしている。

 それを終えると、にこやかな笑顔で俺たち出演者組に近づいてきた。


「お待たせしたね。宮下さん。萱沼さん」

「いえ、本日はよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。……いやぁ、お二人のCMは評判でね。広報部としても、嬉しいことですな」


 前回のCM撮影で会ったころがある五十代ぐらいの確か広報部の部長は、鼻の下を伸ばして俺たちに話し掛ける。

 プライベートでは話すことなどできるわけがない、超絶美少女二人と会話できることに喜びを感じているようだ。

 おそらく、普段のCM撮影では現場に来ることもないだろう。

 勝手な推察だが。


「それは、私も嬉しいですね」

「はい。関係したCMの商品が人気なのは、嬉しく思います♪」

「ええ。今後も依頼があると思いますので、その時はよろしくお願いしますぞ」

「……それではCM撮影の準備に入りますので、お二人も準備をよろしくお願いします」


 クライアントとの会話の最中、監督が話し掛けてきた。


「早いな。もう少し、二人を話をしたかったんだが」

「いえ、ちょっと周りが騒がしくなってきたので、早めに終わらせようと」


 周囲を見るように頭を回す監督に続いて、同じようにすると先ほどより野次馬の人数が増えている。

 このご時世、SNSとかで情報が出回っているのだろう。


「わかりました。それでは用意してきますね。失礼いたします」

「失礼します♪」


 クライアントと監督に頭を下げると、美穂さんと各マネージャーの四人で駐車場へと向かう。

 目的地は撮影スタッフが乗ってきた中の、一台のロケバスだ。


 そこが、この外ロケにおける更衣室の代わりとなっているのである。

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