第55話

 春休みが終わり、俺は中学三年生となった。

 進級と共にクラス替えもあって、それなりに教室で見る顔も変わっている。


 とは言え、俺の立ち位置は変わらない。

 学校の孤高のアイドルで本物の現役アイドルでもある俺は、クラスの中で特別な立場だ。

 別に忌避されているわけではないが、何となく近づくのもはばかられるといった感じである。

 まぁ、八月の例大祭後には本格的にアイドルとしての活動が始まり、学校に来ることも減るだろうからこれで良いのだろう。



 +++



「──というわけで、気をつけて帰るように。……では、日直」

「起立。礼」

「……ああ。萱沼、少し時間あるか?」

「はい? 大丈夫ですが」

「だったら、進路指導室に付いてきてくれ」

「わかりました」


 始業式も無事終わり、一度家に戻ってから事務所ビルに向かおうと考えていると、担任の男性教師から声を掛けられた。

 進路指導室ということは、高校受験の話なんだろう。


「……先生。今年も担任なんですね?」

「あ、ああ。新担任だと、萱沼との意思疎通に問題が出かねんと校長たちがな」

「そうですか。ありがとうございます。二学期からは学校を休むことが増えると思いますが、よろしくお願いしますね」

「……こちらこそ、今年もよろしくな」


 先に廊下を歩く担任を追いかけつつ、少し話をする。

 担任が二年生時と一緒なのは、俺のせいみたいだ。

 ごく普通の公立中学校に、超絶美少女兼現役アイドルが在籍して申し訳ない。



 +++



「入って、少し待っていてくれ。直ぐに他の先生方を呼んでくるから」

「わかりました」


 進路指導室の扉を開けると担任はそう言い残し、近くの職員室に入っていく。

 俺も進路指導室に入ると、初めて見る室内を見渡した。


(殺風景な部屋だな。進路指導室っぽいとも言えるが)


 壁際には書類棚、部屋の中央には折り畳みの長机二つにパイプ椅子が四脚がある。

 どれも、学校にありそうと想像できる物ばかりだ。


 それらを無視して、窓側に移動する。

 窓を隠していた白いカーテンを横に引くと、部活動の準備を始めた生徒がチラチラと存在するグラウンドが見えた。


「始業式直後から部活動なんて、大変だね……」


 そう呟くと、用具を用意している生徒を眺める。

 彼ら彼女らは、新二年生だろう。

 そんな自分らを現役アイドルが見つめているとは知らず、新三年生の先輩が来る前に準備を終えようと頑張っているようだ。



 +++



『コンコン』

「はい」


 響くノックの音に反応して、返事を返す。

 ドアが開くと担任を先頭に、三人の男女が入室してきた。


「すまない。少し遅くなった」

「いえ、大丈夫ですよ」

「そうか。じゃ、そこに座ってくれ」


 指定されたパイプ椅子に座ると、隣に二十代前半ぐらいの若い女性が座る。

 対面には五十代ぐらいの男性、その隣には担任が腰を落ち着けた。


「萱沼くん。今日、来てもらったのは、君の高校進学に関してです」

「はい」


 初めに話し出したのは、正面に座った男性。

 この中学校の教頭である。

 オーディションに合格してから、学業とアイドル業の両立の為にいろいろと話し合うことがあったので、俺もよく知っている人物だ。

 ちなみに、隣に座っている女性は副担任である。

 俺以外は男という状況を作らないために、彼女は呼ばれたのであろうと推測する。


「これまでの我が校には、君のような生徒がいませんでした」

「はい、わかります」

「それで、一度君の話を聞いてみようと、この場を設けたわけです」


 確かにこんなどこにでもある中学校だと、俺のような特殊な立場である生徒の進学に関する前例は無いだろう。

 まぁ、六期生統括マネージャーである種山さんとも話し合って、大体の方向性は決めてあるのだが。


「そうですか……。担当マネージャーとも話をしたのですが、一応の進学先希望はあります」

「……それは、どこでしょうか?」

「私立K大学付属高校の芸能科です」


 そこには、梨奈さんが今年入学する予定である。

 いや、もう入学式は終わっているかもしれないが。


「私立K大学付属高校芸能科……」

「……教頭先生は知ってますか」

「私立K大学付属高校の特進科と普通科は知ってます。どちらにしろ、偏差値が高い難関校です」


 そう、正直入るのも難しい学校である。

 広告塔を期待される芸能科も人数に制限が有り、人気も相まって簡単には入学できない。

 シュステーマ・ソーラーレからも、毎年一人や二人ぐらいしか入れないと聞いているぐらいだ。

 ただ、入ってしまえば芸能人として相当楽になる。

 何でも、芸能科は要出席日数が緩く、ほとんど通わなくても何だかんだで進級・卒業させてくれるらしい。

 だからこそ、プロダクションも忙しくなりそうな俺をそこに入学させたいのだ。


「その辺りは、うちのプロダクションに任せてくれればよいそうです。ノウハウがあるそうなので」

「それは、助かります。ふぅ……」


 安心したように、教頭先生は大きな声を出す。

 どうやら、経験の無いアイドルの進学先に対してプレッシャーがあったようだ。


「まず大丈夫だろうとは言われていますが、落ちたとしても芸能科のある高校に行きますので、プロダクションが動いてくれると思います」

「わかりました。その時期になれば、萱沼くんの芸能事務所と連絡を取ることにします」

「はい。私からもマネージャーに話しておきます。プロダクションから連絡が行く方が早くなるかもしれませんが」


 その辺りは、所属プロダクションが上手くやってくれるだろう。

 彼らは俺を仕事に専念させたいはずだから。


「ええ、お願いします。それでは、今日はこれで終わりです。気をつけて帰ってください」

「わかりました。……それでは、失礼します」

「おお。気をつけてな」

「さようなら。萱沼さん」


 席を立ち、挨拶してからドアへと向かう。

 そこで一礼してから、ドアを開けて廊下に出ると大きく息を吐いた。



 +++



(ちょっと、遅れたな)


 下駄箱で靴を履き替え、校庭に出ると在校生はほとんど居ない。

 代わりに午後から始まる入学式に出る新入生と保護者が、早くも姿を見せていた。


「あっ! あそこにいるの、美久里ちゃんじゃっ!?」

「えっ!? うそ、本物だ~!!」

「……本当にこの中学にいるのね~」

「やっぱり、可愛いな……」


 俺を目撃して騒ぐ新入生や保護者の視線の中を、軽く微笑みを浮かべながら優雅に校門へと歩いて行った。

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