種山 早智子 3

 毎年忙しさが約束されている八月となった。

 フォルテシモ全体でも年末のシュステーマ・ソーラーレ総合コンサートに並ぶ最大級のイベント、シュステーマ・ソーラーレ例大祭が開催される月である。


 六月に発売された総合コンサートのBDやDVDの売り上げも昨年の倍以上となり、社長以下上層部も笑いが止まらない状態だ。

 当然、今年の人気投票応募総数もかなりの増加が見込まれている。


 その人気投票も七月いっぱいで締め切られ、集計が始まり出した。

 一応、郵送では三十一日までの消印が有効なので、これからも投票総数は増えるが最近はデジタル投票がメインなので数は少ない。

 最終結果に影響を与えることは無いはずである。


 そして、私たちマネージャーには当日の結果発表まで順位を知らされることはない。

 普段からシュス・ソーラメンバーに接しているので、私たちから悟られる可能性を考えてだ。


 もっとも、ネット等の情報からある程度は判別できる。

 マネージャー間でも、上位争いは昨年の一位二位である武智さんと内川さんに、初参加の萱沼さんを入れた三つ巴という予想が多い。


 いったいどういう結果が出るのか、私も興味深々である。

 もちろん、ファンたちもそうなのであろう。

 去年より大きな箱を用意したのだが、それでもチケット倍率は更に狭き門となった。

 テレビでの放映も、一段と拡大。

 BSとはいえ日曜午後に生放送の枠を取れ、全国各地にある多数の独立U局‍での深夜放送も決まった。

 ネット上では、去年と同じようにオンライン動画サイトの公式チャンネルでの公開も予定されている。


 いずれは地上波での生放送というのも、無理な願いではなくなってきた。


「……あら? 種山さん」

「権藤さん。おはようございます」


 オフィスに座ってPCに向かいながら考え事をしていた私に話し掛けてきた人を見ると、先輩の権藤さんであった。

 彼女は内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』付きのマネージャーで、武智さん専属がメインの仕事となっている人である。

 まぁ、内川さんと違って武智さんは演技の仕事を拒否しているから、仕事量の関係で完全な専属ではないようだけど。


「おはよう。……萱沼さんのドラマ、話題になってるわね」

「はい。初めてセリフのある話が放映されましたから」


 そう、つい先日に例の第四話が放送された。

 着物姿の萱沼さんはSNSで大評判となり、放送局の情報ワイド番組でも話題に取り上げてもらえた。

 彼女の可憐さに参ってしまった男性も多かったはずである。

 SNSや匿名掲示板では、人気投票に駆け込みで萱沼さんへ投票したという文章が数多く見られた。


「うんうん。梨奈ちゃんへの刺激になってくれればいいんだけど」

「刺激、ですか?」

「ええ。彼女と萱沼さんとの順位差や得票数の差にもよるけど、その辺りを責めて女優としての活動を始めてもらえないかと、上層部は考えているらしいわ」


 権藤さんは声を落として、フォルテシモ上層部の考えを教えてくれる。

 それは六期生統括マネージャーとして、萱沼さんとも頑張ってきた私には歓迎できない考えだ。

 愛称持ちになって内Gに入ればそこの担当マネージャーもおり、六期生として動く時以外は私の手から離れることになる。

 それでも一年強は一緒に活動してきた以上、武智さんより萱沼さんに意識が向くのは仕方ないことだ。


「……確か、武智さんの演技レッスンの評価は問題無かったんですよね?」

「そうよ。それどころか、梨奈ちゃんはシュスソーラでも上位の評価なの。……萱沼さんには負けるけどね」


 六期生エースの演技系レッスンにおける評価は、シュス・ソーラでも三本の指に入る。

 芸能人としての武器である顔を考えれば、トップと考えてもいいかもしれない。

 それを考えると、武智さんの女優としての潜在力は高いと判断してもいいだろう。


 逆に使い辛い部分は、二人共にあるかもしれないが。

 起用を間違えると、ヒロインを喰ってしまっても全然おかしくないから。


「というわけで、今回の人気投票には上層部も期待しているの。私もだけどね」

「そうですか。彼女も演技の仕事を始めるとなれば、事務所の武器も増えますね」

「ええ。どう、説得するか考えないと。それじゃあね」


 私に手を振って、権藤さんは自分のデスクに去っていく。

 フォルテシモの利益とアイドル個人の利益。

 うまく両立すれば良いのだけど、そんな甘い話は無い。

 もっとも、武智さんが女優としての仕事に納得するかどうかはまだ不明である。

 もし彼女がそうなった時、萱沼さんの演技関連の仕事量がどうなるのか。

 誰がマネージャーとして担当するのかわからないが、ぜひ頑張って欲しいものだ。

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