第52話

 発売されたCDは、予想以上に売れた。

 実売でも配信でも大好評で、各種ランキングも一位。

 ライバルでもある他のアイドルグループのアルバムCDが同日に発売されたが、それに勝てたのも大きい。

 プロダクション上層部も、シュステーマ・ソーラーレ運営も大満足だったようだ。


 そして、学校は春休みに突入する。

 そんな三月最後の日曜日夜。

 俺たち六期生は、フォルテシモの新人アイドル兼養成員寮に集結していた。



 +++



「へぇ~。寮の中って、こんな感じなんだ~」

「ここで、十人近くが暮らしてるんでしたっけ?」

「うん。私たちは、夏には出ないといけないけど」

「デビューして、一年経ちますから」


 六期生で寮住まい組である茉美さんと佐起子さんは、今度の例大祭を期に退寮となる。

 その前に、みんなで集まってみないかということで今日のお泊り会が決まった。


 ミニライブを終えた日曜に泊まり、このまま月曜のレッスンに行くという日程である。

 最近はミニライブで体力を使い果たす事も無く、みんなで夕食を終えてから寮まで移動した形だ。


「でも、あまり人の気配がしませんね」

「ああ。それは春休みと年度が変わるのが理由ね」

「そうなんです? 紫苑さん」


 のぞみちゃんの疑問に、なぜか六期生リーダーが答える。

 寮に住んでいる二人に聞いたはずだが、流石はプロダクション内の事情通だ。


「基本、ここは地方から出て来た人用でしょ? だから長期休みに短くても帰省する人が多いのよ」

「それはそうですね」

「普段は帰れないでしょうし」


 この寮を利用して養成所に入る人は、高校生がほとんどだと聞いている。

 佐起子さんのように、中学生なのに単独で出てくる人は珍しいらしい。

 どちらにしろ、アイドルとしてデビューできるかどうかというプレッシャーに襲われる毎日では、偶には実家で親に甘える時間も必要だろう。


「後は……、養成所を辞める人が退寮したとか」

「ああ……」

「……年度末ですしね。時期的に丁度良いと言うのも、変ですけど」


 アイドルを諦め、新しい道を進み直すには年度が変わる今が最適である。

 その選択が正しかったのかは、本人次第だろう。


「それで新しく入ってくる予定の人は、まだ来てないという感じね」

「なるほど~」

「わかりました。元々、この時期は人が少なくなるんですね」

「そういうことなの。だから、今日は交流室を専用で使っていいと許可を貰ってます」

「交流室?」

「ロビーみたいなものかな。私たち寮生が、いろいろ話したりする場所のことよ」


 なんか、青春の舞台という感じだ。

 まぁ、アイドル候補生だから、ドロドロとしたものもありそうだが。


「寝室は、私たちの部屋に四人ずつ分かれて。部屋にはシャワーがあるから、交代で使ってね」

「大浴場もあるんですが、人数の問題で新しい人が入ってくるまでは、使用できないんですよ」


 そう、寮には大浴場が有ると聞いていたから、何人かは一緒に入れると思っていたのにご覧の有り様である。

 これは神の試練なのだろうか。

 一体、いつになったら俺は美少女たちと一緒に入浴できるのだろう。


「では荷物を部屋に置いて、必要な物を持って交流室に行きましょう」

「わかった」

「了解~」



 +++



「ここが交流室……。位置が玄関の傍なら、正にロビーね」


 案内された場所は、寮の玄関から部屋に向かうのとは反対方向だった。

 周りには食堂に大浴場とか、水回りの設備が集中している。


「住み込みのおばさんがいて、日曜以外は料理とか洗濯してくれるので楽なんですが」

「だから、食事の時間が安定している養成員やデビュー一年目の人しか、ここに居られないわけです」

「二年目になると、忙しい人はその辺りが変則的になるから」


 食事を用意しても、食べることができないことが増えるとその分が無駄になってしまう。

 そういうことを考えて、退寮させるのを決めているのだろう。

 部屋の数を数を考えれば、まだ余裕がありそうだし。


「それじゃ、座りましょうか?」

「友菜はここ~」

「美久里ちゃん。ここに座りましょう」

「うん、いいよ」

「智映も一緒に」


 のぞみちゃんに誘われ、三人が座れるソファーに座る。

 当然、俺が真ん中で両横を彼女と智映ちゃんが占領する、いつものパターンだ。


「飲み物を用意して、お菓子も……」

「時間も時間だから程々にね。じゃないと、太っちゃうわよ」

「紗綾香さん。消費カロリーが凄すぎるのか、今の体重を維持するのも大変なんですけど」

「ダイエットに苦しんでる女の子が聞いたら、怒りそうなセリフね」


 中心の大きなテーブルに持ってきたものを並べつつ、会話を重ねる。

 レッスンも相変わらずの強度で、みんな太る気配なんて全く無い。


「今はいいけど、例大祭後からは違うわよ。仕事も多くなってきて、レッスンの時間が減るはずだから」

「だといいですね」

「ミニライブが仕事の大半というのは、ちょっとゴメンしたいです」


 俺とかのぞみちゃんは、色んな仕事が来るだろう。

 その分、レッスンの強度や頻度は下がるはずだから、食生活に気を付けないといけないかもしれない。


「そういえば、養成所でのレッスンはどんな感じなんですか?」

「養成所の? う~ん、個人によって違うから、なんとも言えないわ」

「へぇ~。……まぁ、リーダーと智映が同じレッスン量なのも、おかしいし~」

「そうね。年齢で違うし、体力面での違いでも──」


 まだ、宴は始まったばかり。

 後、二時間ぐらいは六期生の仲間で騒ぐだろう。

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