第51話

「あぁぁぁ! また、間違えたぁ~!」

「うぅ。む、難しいです……」

「踊れれば、スゴク見栄えがすると思うんですが」


 俺の願いも虚しく、振付師から上がってきたのは予想以上に難しいものであった。

 一応、振付師も無理だった可能性を考えたらしく、難しいようならという条件付きでレベルを落とした振り付けも用意されていた。

 だが、それが同期たちの反骨心に火を付けたようで、最初の振り付けで絶対に行こうと俺を除く皆で言い合っていた。


 俺としては簡単な方でいいじゃんとか思っていたのだが、それを口に出せるような状況ではなかったのだ。

 その結果、六期生全員が苦労している現状がある。


「くっ! ……こ、これ、わざと混乱させようとしてません?」

「間違わせようという悪意を感じる……」

「で、でも、全員がちゃんと出来れば、すごいものになりそうですよ」


 もう、歌唱はそっちのけでダンスに専念している。

 時間があれば最終的には何とかこなせそうだが、アルバム発売前のミニライブという限界点があるから間に合うか微妙だ。


「……ある程度で、見切りを付けるからね」

「さ、早智子さんっ!?」


 種山さんの言葉に、紫苑さんが非難するような声を上げる。


「仕方ないでしょ? 時間は有限なんだから」

「そ、それはそうですが……」

「ミニライブでの披露はあくまで暫定として、今練習しているほうは諦めずに続けるというのはどうでしょう?」


 正直、期限までに完成するか疑問な俺は折衷案を出す。

 八人も居れば、誰かは完成できない人も出てくるだろう。


 ちなみに、俺はこの振り付けで問題無く踊れている。

 もちろん、一曲だけに集中しているから踊れているだけで、この前に何曲か披露してからとなるとスタミナ面で微妙になってしまうが。


「そうね。それがいいと思います」

「……悔しいけど、仕方ないのかな」

「まだ簡単な方も、練習時間が必要ですからね……」


 仲間も悔しそうな表情を見せるが、理解はしているようだ。

 CD発売前週のミニライブに間に合うかどうか、何とも言えないことを。


「夏の例大祭までに披露したいな……。六期生でグループ組めるの、そこまでだから」

「……そうね」

「後、半年無いんだ……」


 八月の例大祭が終われば、今の六期生の立場は七期生が受け継ぐ。

 俺たちは、これまでとは違って別々の行動を取ることになるだろう。

 ミニライブ組に残ったメンバーは、完全に一人ということはないだろうけど。


「そう考えると、それまでには何とかしたくなるね~」

「そうですね。残りは五か月ぐらいですか」

「今回は簡単な方で行きますが、早く本来な振り付けでできるようにしましょう!」


 みんなの気合が更に入っていくのがわかるが、流石に残された時間が少ない。

 まずは簡易版を優先させて、後々完全版を披露する方向で固まった。


「それでは練習を続けましょう。こちらの方も簡単なわけではありませんから」

「はいっ! 松園さん」

「わかりました」

「了解です」


 六期生サブマネージャーの発言に、俺たちは難しい箇所の難易度を落とした振り付けで練習を再開させる。

 確かに単体で見れば、これも難しいレベルに入ると思うが、これまでのことがあったので練習はスムーズに進んでいった。



 +++



「みなさん、こんばんわ~! シュステーマ・ソーラーレ、六期生リーダー、大和田紫苑ですっ!」

「うおぉぉぉ!!」

「紫苑~~!!」


 土曜日夜のミニライブは、これまでと違い変則的な構成となった。

 いつもは先輩方の二グループが数曲ずつ歌い、俺たちが中盤で数曲歌って基本的な出番は終わり。

 それから、再び先輩方の二グループが数曲ずつ歌って、最後に俺たちも含めた全員がステージに並び笑顔で手を振ってミニライブが終了する。


 だが今回は、来週発売される新アルバムに収録される新曲三曲を連続で披露したいと、出番が大幅に変わった。

 まずは先輩方の一グループが何曲か歌ってから新曲『ザヴィヤヴァ』を披露し、その後を受けて俺たちが『ミネラウヴァ』を披露する。

 六期生は一曲で引っ込み、先輩方の違うグループが新曲『ポリマ』を披露して、続いて何曲かステージを受け持つ。

 後は、出たグループの順番に数曲ずつ歌って、最後はいつもと同じように全員でステージに立つ。

 そんな感じの流れである。

 つまり、普段のミニライブなら一度ステージに立って歌い終わると歌手としての仕事は終わりだったのが、今回は二度の出番があるわけだ。


「──今から披露します新曲も、来週発売される新アルバムCDに収録されます」

「つまり、先行公開ですね」

「ぜひ、ご購入の検討を、お願いいたします」

「買ってくださいね♪」

「いっぱい、買ってね♪」

「ちょっと、美久~。何、言ってるの~」


 男性を魅了するあざとい仕草で、複数購入を依頼する。

 これはアドリブだったので、友菜さんが突っ込んでくれて良かった。


「あははっ!!」

「もちろん、買うよ~!!」

「美久里ちゃ~んっ!!!」


 客席のファンたちの反応も良い。

 ホントに美少女というのは得だな。


「もう……。んっ! それでは聞いてください。……ミネラウヴァ」



 +++



 披露したのは、簡易版振り付けのバージョンである。

 それでも、完全版があるとは知らないファンたちには好評のようだ。

 まぁ、本当に難しい部分だけを簡略化しただけなので、この簡易版でも充分に高レベルなダンスだからか。


「きゃあぁぁぁ!!」

「のぞみん~!!」

「美久里~!!!」


 千人を超えるファンたちから、大きな声援を受けるのが気持ちいい。

 周りの仲間も上気した顔に笑顔を浮かべて、ペンライトやサイリウムを振るファンに手を振って応えている。


「聞いてくれてありがとう~!!」

「来週発売だからね~!!」

「それでは、私たち六期生は一度ステージから離れます」

「「「え~~~!?」」」

「これだけ~?」


 紫苑さんの言葉に、ファンたちから不満の大きな声が発せられる。

 いつもなら四曲は続けて披露するから、これまでとの違いに戸惑いもあるのだろう。


「大丈夫。後で再び出番はありますから」

「今日と明日は、来週発売のCDの件もあって変則なんですよね」

「というわけで、次の曲も新アルバムCDに収録されるものとなります」

「こちらの曲も良い曲なので、ぜひ聞いてください♪」

「そして、買ってくださいね♪」

「買っちゃうぅぅぅ!!!」

「買うぞ~!! 美久~~!!」


 最後にお買い上げのお願いをすると、ノリが良いファンが反応してくれる。

 ミニライブに来るファンは熱心な層だから、アピールすればするほど多く買ってくれそうだ。


「……では、智映たちはこれで」

「また、お会いしましょう」

「待っててね♪」

「バイバイ~」


 拍手と歓声を浴びながら、笑顔で下手の舞台袖に退場する。

 次の出番まで、暫しの休憩だ。

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