第48話

 二月、如月、梅見月。

 俺のような中学生や少し上の高校生にとっては、大事なイベントがある。

 そう、バレンタインデーというやつだ。


 前世では関係ないと言ってよかったイベントだったが、女の子である今世では違う。

 ある程度の交流があるクラスメート女子たちとの、友チョコ交換だとかだ。


 当然、男子どもには渡さない。

 俺のような超絶美少女からチョコレートを渡すと、義理とわかっていてもいろいろと面倒になるのはわかりきっているからだ。

 もちろん、男子に渡したくないのが最大の理由である。

 ただ、クラスの女子全員纏めての義理チョコには、体面を考えて参加しているが。


 と、これまではこんな感じであった。

 しかし、今年はアイドルとして迎えた初めてのバレンタインデーである。

 一体、どんな感じになるのか想像もできなかった。



 +++



「……え~っと、これは?」

「もちろん、バレンタインのチョコの山よ。六期生宛てのね」


 十二日の土曜日、ミニライブを終えた俺たちは三つのカゴ台車で運ばれてきた荷物の多さに驚く。

 男性アイドルなら当然の光景かもしれないが、俺たちは女性アイドルグループだ。


「これは……、美久里ちゃん宛てね。名前からして、男性から」


 ちょうど近くにいた佐起子さんが上の一つを手に取ると、包装に貼られたシールの文章を確認して教えてくれる。


「はぁ……。そうですか」

「こっちは……。これは、紗綾香様にだって。女の子からだよ」


 もう一つ手に取ると、包装に挟まれたメッセージカードを開いて報告してきた。

 俺も男より、女の子から欲しかった。

 まぁ、実際に食べることはないだろうけど。


「女の子からか。私としては喜べばいいのか、どうなのか」

「これ、どうするんですか? 種山さん」


 苦笑する紗綾香さんに、チョコの行く末を気にするのは茉美さんである。


「もちろん、全部調べて市販の物であれば寄贈に回すわ。誰かの手が入った物は、残念ながら廃棄ね」


 それはそうだろう。

 知らない人の手が加わった食品を口にするのは、絶対に遠慮したい。


「もったいないな~」

「流石にその辺の話は有名だから、ほとんどが市販品ですよ。手作りチョコなんてごく少数です」

「松園さん。手作りチョコは、ちょっと無理です」

「わかってます。問答無用で手作りチョコは廃棄行きですから、安心してください」


 手作りチョコなんて、変な物が入っていてもおかしくないからな。

 運営も、そんなものは寄贈にも回せないとわかっているだろう。


「美久里さん……。美久里さん……。これも美久里さんの」

「美久里ちゃん宛てが多いですね……」

「のぞみ、智映。何やってるの……」


 気づくと智映ちゃんとのぞみちゃんが、別々のカゴ台車に貼り付いて選別している。

 いや、のぞみちゃん。

 今、手にしたのあなた宛てのチョコでしょ?

 どうしてソレを無視して、俺宛てのチョコをチェックしてるの?


「選別や調べるのは、社員の方や養成所の子がやってくれるからやめなさい」

「……そうだったわね。私も何度もやった記憶が……」


 種山さんの制止に、紫苑さんが遠い目をして呟く。

 彼女は長年養成所所属だったから、他の人宛てのチョコを見て分ける作業もベテランだったはずだ。


「それは大変ですね」

「そうよ。ここにはこれだけだけど、明日も同じぐらいあるだろうし、何より人気メンバーに来るのはもっと多いからね……」


 確かに、目の前にあるのは六期生の土曜日分。

 明日の日曜にも貰えるし、人気投票上位の数も入れれば想像できない数になりそうである。


「ちなみにミニライブに出ている五期生以上には、これ二つで余るから」

「はぁ……。多いのか少ないのか、よくわかりませんが」

「去年の四期生以上だった時は一つで何とか収まったらしいわ。五期生はギリギリ二つで載り切らなくて、普通の台車も使ったそうよ」


 昨年のミニライブは新人だった五期生八人を入れて、総勢二十九人でやっていた。

 今年はそれより二人少なくて、チョコの量が増えているということから人気も上がっていることがわかる。


「智映も一昨年に少し手伝いましたけど、あの数には驚きました」

「ああ。智映ちゃんも、その頃は養成所所属だったんだ」

「はい。小五の二学期に本入所したので、半年ぐらい経った時でしたね」


 流石に六期生候補だった昨年は、選別に参加しなくてよかったらしい。

 そりゃあ、レッスンの日々が続いていたから、そんなことはさせられないだろうけど。


「チョコが置かれた部屋に入ると、包装されているはずなのにチョコの香りがしてね……」

「小学生だったので短時間でしたが、それでも、暫くチョコはいいかなという気持ちになりました」

「マネージャーも参加してるわよ。今年も、シフトを調節して専属で何人か行くはず」

「うわぁ……」

「バイトとか、雇えないんですか?」

「芸能事務所ですから。やはり、身元調査とか面倒なことがたくさんありまして。そのくせ、必要な期間が短いから今居る人材でやってしまおうとなるわけです」


 松園さんの説明には、頷けるところしかない。

 バイトアプリでお手軽に、とはいかないわけだ。

 熱心なファンがバイトに入ってくると、いろいろと問題もありそうだし。


「関係者の家族とかなら、いいんだけどね。誰か居ない?」

「私の家族は地方ですし」

「同じくです」


 俺の兄はどうだろうか。

 一番下は大学生だから、スケジュールが合えばバイトしてくれるかもしれない。

 俺に迷惑を掛けるわけもないから、問題も起こらないだろうし。


「まぁ、いい人がいたら紹介してちょうだいね。バイト代は弾むから」

「はい」

「わかりました」


 まぁ、話だけはしてみるとしよう。

 こちらは週明けにも必要そうだが、普段のバイトを入れている可能性も高いし。

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