関口 智映

「すぅ…………、ふぅ…………」


 目を閉じていても眠れない智映の隣から、普段は聞こえない寝息がする。

 瞼を開けて右に横向きになると豆電球の光の中で、その顔が浮かび上がった。


(本当に綺麗……)


 同じ女の子である智映から見ても、不思議な感情が湧いてくる綺麗さだ。

 智映も周りから美少女だと言われ続けたけど、美久里さんを見ていると本気で言っていたとは思えなくなる。


「美久里さん……」


 本当に小さな声で呼び掛ける。

 もちろん、その程度の音量では美久里さんは目を覚まさない。

 瞼を上げて、あの澄んだ瞳で智映を見つめてはくれない。


「はぁ……」


 こんな気持ちが芽生えた、去年の例大祭を思い出す。

 あの時はアイドルデビューの挨拶をする時に噛んでしまって、頭が真っ白になりパニックになってしまった。

 それを助けてくれたのが、横で眠っている美久里さんだ。


(智映って、女の子が好きな女の子だったのかな?)


 自分自身の気持ちがよくわからない。

 アイドルになろうと養成所に入ったぐらいだから、テレビのアイドルたちは憧れで大好きだった。

 でも、美久里さんに感じている感情は同じようで少し違うように思える。


(初恋は……、男の子だったんだけど、小さいころだったし)


 小学二年生から三年生に上がる時のクラス替えで、初めて一緒のクラスになった男の子が初恋相手だと思っている。

 そこから全く進まないうちに、その子は転校していなくなったんだけど。


(顔も名前も覚えているけど、思い出の彼は子供だから、今は……)


 小学校高学年ぐらいから、上級生や早熟な同級生に声を掛けられることが多くなった。

 おかげで、周りの女の子からの目が厳しくなったのを覚えている。


(あのころの体験で、男の子との接触を避けるようになったんだっけ)


 幼稚園の頃から仲が良かった女の子が女子のリーダー的存在だったせいで、虐めとかは無かったと思う。

 陰口とかは言われていたようだけど、耳に入ってくることも無かったし、気にしないようにしてた。


「むぅ、んっ……」


 昔のことを思い出していると、美久里さんが軽く声を上げて智映の方向を向くように寝返りを打つ。


(起きたのかな?)


 そう思って顔を見ているが、目を開けることはなく寝息を立てている。

 ただ、寝返りをしただけのようだ。


 お互いの顔が正面で向き合い、一段と近くなった。

 ニキビ一つ無い綺麗な白い肌が、すぐ傍にある。


「…………」


 おずおずと左手を伸ばし、美久里さんのほっぺたに触れてみた。

 絹みたいな手触りの肌が、ハリと弾力を持っている。


「くっ……、ん、んっ……」


 調子に乗ってツンツンとほっぺたを突いていると、美久里さんは再び軽く声を上げた。


(……起こしてしまったかな?)


 そう思って左手を引き戻したが、起きるような気配は無い。


(だ、大丈夫)


 もう一度左手を伸ばし、今度は額に掛かる前髪に触れてみた。

 目を閉じて眠る美久里さんが、神秘的な物に見えてくる。


 そのまま手を動かし、スベスベの肌に指を滑らしていると動きがあった。


「むっ、んあぁ……」


 小さな声を上げたかと思うと、美久里さんは寝返りを打って逆方向を向いてしまった。


「あっ……」


 後頭部に向かって、思わず声に出してしまう。


(ちょっと、やり過ぎちゃった……)


 そろそろ、智映も寝ないと明日の朝が辛くなる。

 レッスンは自主的なものだから、そこまで厳しくしなければ問題ないけど。


「んっ……。おやすみなさい、美久里さん……」


 そう言って、智映も寝返りを打って背中を向ける。

 右隣の方を向いていると、寝れそうになれないと思うから。

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