第45話

「──美久里ちゃん。お口に合ったかしら」

「はい。とても美味しかったです」

「本当? とても嬉しいわね」


 今の俺は智映ちゃん一家と夕食を終え、緑茶を飲んでのんびりとしている。


「咲映さんは料理上手だからな」

「もう。めてください、あなた。美久里ちゃんの前で」


 智之さんが自慢するぐらいには、咲映さんの料理は美味しかった。

 和洋混在の家庭料理で、これぞお袋の味という感想である。


「パパ。智映たちの前で惚気のろけないで」

「事実を言ってるまでさ」

「それが、惚気てるって言ってるの」


 智映ちゃんとその父との会話を見ていると、仲が良いのがよくわかる。

 彼女も思春期真っ最中のはずだが、反抗期ということはないようだ。

 これは、智之さんが結構若くて格好いいのも理由だろう。

 これが俺の父みたいなら、智映ちゃんも下着を一緒に洗濯しないでと言っていてもおかしくはない。


 ちなみに俺は中身が男なせいで、そんなことに抵抗は無い。

 だから、父とも兄たちとも仲が良い、円満な家庭と言えよう。


「……もう。……美久里さん、そろそろ、智映の部屋へ行きましょう」

「うん、わかった。……ごちそうさまです。ありがとうございました」

「お粗末さまでした。美味しそうに食べてくれて良かったわ」

「はい」

「美久里さん、早くっ!」

「わかったから。それでは」

「ええ。お風呂の用意ができたら、呼びますね」

「うん。最初は美久里さんからだからね」

「はいはい」


 智映ちゃんに急かされて、二階の彼女の部屋に向かう。

 暫くは智映ちゃんと二人っきりの時間だ。



 +++



「──やっぱり、進行はあまり変わらないですね」

「うん。運営はアイドルの王道としてのコンサートだと、考えていると思うよ」


 ポータブルDVDプレーヤーで、一昨年のシュステーマ・ソーラーレ総合コンサートを鑑賞している。

 まだ出演者が五期生までで、セブンス・サテライトも無かったせいか、年末の時より時間は短かった。


「智映たちが出たコンサートも、早く販売して欲しいです……」

「例大祭までには出るよ。人気投票の応募券も入っているからね」

「はい。去年は六月でした。予約して買いましたから」


 今年に入ってから出るCDとかから、人気投票応募券が封入される。

 シングルだと一枚、アルバムだと二枚から三枚。

 千円につき、一枚が基本単位だ。

 音楽配信だと、一度に会計する金額で枚数が決まる。

 コアなファンだと、きっちりと千円単位にして同じ数曲を繰り返して買うのが基本だそうだ。


「今年は家族が買うだろうから、自分で買う必要は無さそう」

「はい。パパが複数買うとか言ってました」

「うちも言ってたよ。視聴用、保存用とか」


 父や大学生である下の兄はともかく、実家住み社会人の兄二人は妹可愛さで大金を突っ込みそうである。

 そうならないように、ほどほどで言っておいたほうがいいかもしれない。


 DVDを見ながら会話を弾ませていると、ドアをノックする音がする。


『……智映。お風呂の準備できたから、先に美久里ちゃんに入ってもらって』

「は~い。美久里さん、案内しますので、準備してください」

「了解。……智映ちゃんも一緒に入る?」

「……すごく魅力的な提案ですが、うちのお風呂は狭いので遠慮しておきます」

「それは残念かな」

「ゆっくりと温まってくださいね。パパは智映が監視しておきますので」

「あははっ」


 家で準備しておいたお風呂用セットを持って、立ち上がる。

 そして智映ちゃんと共に部屋を出ると、一階に下りていった。



 +++



「ふぅ……。お風呂、お先にいただきました」


 脱衣場でパジャマを着た俺は、脱いだ服や下着などを入れた袋片手に智映ちゃん家の居間に入る。

 そこでは、彼女ら三人がテレビを見ていた。


「これはどうも。……美久里ちゃん、お湯の温度は大丈夫でした?」

「はい。ちょうど良い湯加減でした」

「それは良かったわ」


 咲映さんと話をする俺を、智之さんはチラッと見るが直ぐに視線を逸らす。

 何しろ、愛娘がそんな父親の様子を監視しているのだから。


「次は、智映が入ってね」

「うん。準備するから、美久里さんも一緒に行こ?」

「その前に、何か飲み物が必要じゃないかしら」

「……そうか。どうします、美久里さん」

「えっと、では、水をいただけますか?」


 俺の言葉に咲映さんは冷蔵庫からペットボトルを出すと、トレイにコップと一緒に乗せて智映ちゃんに渡す。


「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

「では、行きましょう」

「うん。智映ちゃん」


 再び、彼女と一緒に二階へと上がる。

 その間、智之さんは会話に参加せず、ずっと視線をテレビに向けていた。



 +++



「──大変なんですよ」

「智映ちゃんが通ってるのは私立でしょ。やっぱり、その辺りは厳しいんだね」

「美久里さんは公立でしたよね?」


 智映ちゃんがお風呂から上がってきた後は、二人でいろいろな話題の話に花を咲かせる。

 シュステーマ・ソーラーレや芸能界の話を過ぎ、今は学校の話題になっている。

 彼女はアイドルデビューしてから成績が落ち、元に戻すための勉強が大変らしい。


「うん。勉強の面ではそこまで大変ではないけど、本格的にアイドルとして働き出したら休まないといけないのがどうなるかな」

「智映の学校は、出席に関しては融通が利くみたいです」

「中学校でもいろいろと違うんだね。同じ義務教育なのに」

「そうですね。……ふぁ」


 長々と話を続けていると、彼女が口に手を当てて小さく欠伸をする。

 室内の時計を見ると、そろそろ休んでも良い時間だ。


「……そろそろ、お開きにしようか? 明日はプロダクションに行かないといけないし」

「えぇ~。もっと、美久里さんとお話したいです」

「まぁ、また機会はあるだろうからね」

「うぅ、……仕方ありません。次のお泊り会を楽しみにしています」


 少しゴネられたが、智映ちゃんも明日のことを考えてか納得してくれる。

 さて、俺はどこで寝ればいいんだろうか。


「それではベッドに入りましょう。美久里さんは奥がいいですか?」

「奥? そのベッドに一緒に寝るの?」

「はい。……ダメですか?」


 そんな可愛く首を傾げられ寂しそうな表情をされたら、イヤとは言えない。

 いや、美少女と同衾できるチャンスを逃すわけもないのだが。


「全然、大丈夫。でも、その前にトイレ行ってくるね」

「はい。後で智映も行きますから」


 しかし、のぞみちゃん家でのお泊りでも思ったが、やはり美少女にベッドに誘われるのは感無量である。

 そういう意味ではないとはわかっているが、その言葉で密かに興奮してしまうのだ。

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