第44話

 二十八日のレッスンで六期生は仕事納め。

 来年の三日までの六日間は、貴重な長い連休である。


 とはいえ、アイドルとなり世間に顔も売れた俺は、旅行に行ってファンに騒がれるのも面倒である。

 父や兄たちは俺を連れてどこかに遊びに行きたそうだったが、基本的に家の中で過ごした。


 自宅の大掃除とかを手伝い、大晦日にはテレビの中で歌い踊る梨奈さんに知実さんや枝里香さんを眺める。

 年明けは車で一時間程度の父の実家に集まって、親戚一同からお年玉を貰ったりアイドル扱いされた。

 俺の存在もあってか、今年は近年に無い集まり具合だったらしい。

 同年代の従兄弟やはとこたちにサインを書きまくって余分な疲労も重ねたが、これも仕事みたいなものだと自分に言い聞かせる。

 でも来年は遠慮しようと心に決めたのが、新年最初の誓いだった。



 +++



「パパ。ママ。こちらが、智映がお世話になっている萱沼美久里さん」

「初めまして。智映ちゃんと仲良くさせていただいてます、萱沼美久里です」

「智映の父の智之です。智映からは、良く話を聞いてますよ」

「ええ、頼りになる先輩だと。……ああ、母の咲映さえです。いらっしゃいませ」


 一月三日の辺りが暗くなり始めた時間、俺は智映ちゃんのお宅にお邪魔していた。


 いや、最初は俺の家でお泊り会をするつもりだった。

 しかし、彼女の父親が難を示したのだ。

 若い男が三人もいる家に、愛娘を泊めさせるのはどうなんだと。


 俺の家は両親に兄三人で六人家族。

 元々の家を増築し、離れまで建ててあるので部屋数に問題は無い。

 おかげで可愛い末妹である俺と離れたくない兄たちは、進学や就職をしても家から出て行かないのだ。


 これは、俺にも責任がある。

 魅力有る女の子としての演技の実験に兄たちを使っていたため、三人はすっかり魅了されているのだ。

 そのせいで、彼女ができても長続きはしない。

 どうしても俺と比べてしまって、彼女と喧嘩してしまうらしい。


 将来、萱沼家が続くか心配になるが、今の俺にはどうしようもない。

 俺自身も男性とそんな関係になるなんて、絶対にゴメンだからな。


 まぁ、というわけで俺が手土産片手に関口家へ訪れたというわけだ。


 智映ちゃんは一人っ子で、両親もまだ若い。

 父の智之さんも、まだ三十代後半とのこと。

 俺の父は五十代だから、全然違う家族である。


 そんな智映ちゃん宅で、今日はお泊り会だ。



 +++



「どうぞ。美久里さん」

「へぇ~。ここが智映ちゃんの部屋か~」


 まずは、彼女の自室に案内される。

 のぞみちゃんとは違い、ごく普通の一般家庭である智映ちゃんの部屋は俺の自室と同じぐらいの広さだ。


 小学生時代から使っていると思われる学習机に本棚や収納家具、それにシングルベッドがある。

 それらを女子中学生らしく、可愛く飾り立てていた。


「狭いですけど」

「私の部屋も同じぐらいだよ」


 そう言って微笑むと、彼女も嬉しそうに笑う。

 こんな妹がいたら、溺愛してしまいそうだ。

 三人の兄も、こんな気持ちなんだろうか。


「それでは、ここに座って待っていてください。お茶を用意してきますから」

「了解。智映ちゃん」


 広いとは言えない空いた空間にクッションを置くと、その前に小さな折り畳み机を置かれる。

 持参した荷物を本棚の前に置き、クッションにお尻を乗せると彼女は部屋から出ていった。


「ふ~ん」


 智映ちゃんの甘いミルクのような香りが漂う空間を、確認するように見渡す。

 のぞみちゃんの自室とは違い、テレビや冷蔵庫が無いのは普通っぽい。


(まさに女の子の部屋、って感じだな)


 そんなことを考えながら視線を彷徨わせていると、ノックの音がして智映ちゃんが入ってくる。


「お待たせしました」

「いえいえ」


 俺と対面するように座った彼女は、横に置いたトレーからティーカップを折り畳み机の上に移動させた。


「紅茶でよかったですよね」

「うん。ありがとう」


 シュステーマ・ソーラーレで一緒に行動している時に、よく紅茶のペットボトルを飲んでいたので智映ちゃんも俺の好みは把握しているようだ。

 そんな彼女は湯気が立っている白い液体が入ったマグカップを自分の前に置くと、お菓子類が入れられた籠も机の上に置いた。


「それ、ホットミルク?」

「はい。もう少し、背が欲しいんですよね」

「身長か~。百五十ぐらいは欲しいの?」


 智映ちゃんとプロダクションで初めて会ってから、もう一年近く経つ。

 その間に身長も伸びているようだが、六期生で一番背が低いのは変わらない。


「そうなんです。……でも、ママを見てると期待薄かなって」


 彼女の両親に初めて会ったのはアイドルデビューした例大祭だったが、なかなかの美少女である智映ちゃんに似た、美形の夫婦である。

 ただ、智之さんは百七十半ばぐらいの身長があるが、母の咲映さんは百五十あるかどうかの背の高さだ。

 だから、母に似れば智映ちゃんの身長もあまり伸びないかもしれない。

 そう考えて、普段から牛乳を飲んだりして努力しているのだろう。


 ちなみに俺の父は百七十ちょっと、母は百六十前半の身長である。

 顔の方は言うと父が普通より下、母が普通より上というのが俺の感想だ。

 兄たちも同じようなことを言っていたことがあるから、おかしい判定だとは思わない。

 ちなみに兄三人も普通顔なので、俺だけが異質な家族と言えよう。


 もっとも、俺の稀有な美貌は遺伝子とは関係無く神様チートのおかげなのだが。


「でも、妹枠でいくとしたら、逆に高くない方が良さそうだけどね」

「それはそうなんですけど……。でも、養成所に凄く可愛い子が入ったとかどうとか」

「……そうなんだ。やっぱり、養成所組の繋がりで情報が入ってくるの?」

「いえ、種山さんに聞いたんですけど、妹枠として逸材らしくて上層部はなんとしても逃さない、という感じらしいです」

「へぇ~。私は聞いてないけど、智映ちゃんに関係してくるからかな?」


 そんな話なら、そのは超絶美少女なのかもしれない。

 それでも今の時期に入所だと、出てくるのは早くて八期生としてだろう。

 残念だが、あまり俺と絡むような状況になるとは思えない。

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