東山 加絵 2

「新人の萱沼さん、すごかったね」

「ああ、六期生の。……そんなにすごかったの?」

「近い位置じゃないとわからないよね。ホントに──」


 舞台袖に下がり一息ついている私の横を、愛称無しメンバーたちが喋りながら通っていく。


 わかっている。

 アレは私に聞かせるため、横を通り過ぎる時を狙って口に出しているのだ。


 全く、セブンス・サテライトにすら入れない下位メンバーのくせに。

 だが、そんな奴らでさえ私のことを軽く見ているのが現状だ。


 これも、運営が何度も卒業を迫ってくるのが悪い。

 その度に断っていたら、なぜか私が我儘で問題児的な噂話になっていた。


 最初期から参加している私の功績を考えれば、卒業を求めてくるなんておかしい。

 上層部に私たち結成メンバーを毛嫌いしている人がいるのだろうか。


 最初は十一人だった一期生も、今では八人。

 これまで卒業する人数を絞っていた状態で、三人も減っている。

 これから先、社長が適正人数だと考えている数に近付いた今では、減少するスピードも上がっていくだろう。


 総キャプテンだった一期生リーダーも、今年の夏に卒業へ追いやられてしまった。

 シュステーマ・ソーラーレを最初から支え続けた一期生が、存在を消されていく。

 なんとかしなければならないが、代わった一期生新リーダーが頼りない。


「くそっ」


 小さく、アイドルに相応しくない悪態をついていると新たな集団が近付いてきた。


「やっぱり、美久里さんのダンスはすごいですっ!」


 その弾んだ声の内容に、視線を向ける。


「萱沼美久里……」


 ついさっき、愛称無したちが噂していた新人だ。

 そして、オープニングで私のすぐ後ろで歌っていた後輩でもある。


 そんな人物を見つめる私の目が、厳しくなっても仕方ないだろう。


 オープニング曲を歌い踊っている時、客席からの視線の結構な割合がこちらを向いていた。

 最近は無いことだったので気分を良くしていると、曲の途中でその視線がずれるのに気づいてしまった。


 奇数偶数の段で、メンバーが左右にずれる時にだ。

 私が左にずれると視線は右に移動し、右にずれると視線は左に向かう。

 それだけでなく、ファンたちの視線が微妙に上へとずれているのにも気づいた。


 つまり、こちらを見ていたファンたちは、私ではなく一段上の萱沼美久里を見ていたわけだ。


 それに気づいた時、激しい空しさに襲われた。

 結局、馬鹿で愚かなファンたちは簡単に推しを変えてしまうのだと。


 そのせいで歌もダンスも集中できなくなり、舞台袖に戻ってからセブンス・サテライトの統括マネージャーに怒られてしまった。

 マネージャーなら担当アイドルの味方になるべきなのに。

 もう、どこもかしこも敵だらけだ。


 こんな現状では、原因となった後輩をアレな目で見てしまう。

 そんな視界に、もう一人の気にいらない後輩が入ってきた。


(七澤のぞみ……)


 大企業グループのご令嬢。

 それを利用して、関係するCMを取ってきた後輩。


 まだまだ勉強中の新人なのに、既にCMにメインで出るなんて。

 私でも、シュス・ソーラの一人としてしか出たことがないのに。


 CMといえば、萱沼美久里も最近流れ出した別のCMに出ている。

 しかも、美少女読モで有名な宮下美穂と一緒にだ。


(宮下美穂と一緒のCMなら、誰が相手でも話題になるのは決まっているだろ)


 そんな仕事を、シュス・ソーラの人気が無い時から頑張っていた一期生や私になぜ回さない?


 ああ、本当にイヤになる。

 だが、今はシュス・ソーラから出るわけにもいかない。

 その後の見通しが立たない限り、私はここにしがみ付くしかないのだ。

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