武智 梨奈 3

「みんなっ! 気合入れていくよっ!」

「わかったっ!」

「もちろんよっ!」


 五期生メンバーが集まり、出演前のボルテージを上げている。

 そこから心持ち離れた私は、そんな熱い空気から取り残されていた。


「……梨奈も、頼むわよっ!」

「えっ? えぇ、もちろん……」


 私に声を掛けてきたのは、五期生リーダーの重倉しげくら 亜李沙ありささん。

 十九歳で五期生最年長にフォルテシモ付属養成所出身ということもあり、リーダーを任された彼女が一番私と接触がある。

 これは、例大祭の人気投票で二十一位に入り、ギリギリながら愛称を貰ってセブンス・サテライトの所属できたということもあるだろう。


 といっても、あくまで仕事に関係することだけでプライベートな会話は基本無い。

 まぁ、他のメンバーとは、それ以上に会話は無いのだけど。


 今も、亜李沙さんに答えた私をチラッと見るだけだ。


 正直、早く期生単位の出番が終わって、内部グループのシュステーマ・ソーラーレに戻りたい。

 あそこなら、軽いお喋りができる相手が何人もいるから。


「はぁ……」


 話し込んでいる仲間に気づかれないように軽く溜息をついていると、耳の中に他所の会話が入ってきた。


「言わないでくださいよ。少しでも緊張を薄めようとしていたのに」

「あら、ごめんなさい」

「あはは」


 四カ月近く前、八月にデビューした六期生たちである。

 私たち五期生の次にステージに上がる予定の彼女たちも、既に舞台袖に集合していた。

 その八人の中で、私は目立つ二人に視線を合わせる。


 七澤ななさわ のぞみちゃんと、萱沼かやぬま 美久里みくりちゃん。


 彼女たちは、他の六期生六人と普通に会話を重ねている。

 それが、私には不思議でならない。


 まずはのぞみちゃんの方だが、良い所のお嬢様である彼女は既にCMでメインとして出演している。


 新人としては、私に次いで異例のことだ。

 更に出演CMが、彼女の実家に繋がる会社のものである。


 私の経験上、こうなれば六期生内部がギクシャクしたものになると思っていた。

 でも、今の彼女たちを見ていると、私たち五期生とは全く違う関係のようである。


 それは、もう一人の存在のせいなのか。


 美久里ちゃんも、先ほどののぞみちゃんのCMに共演している。

 そこではあくまで脇役としての出演だが、他にメイン二人の一人として別のCMが放映され始めていた。


 しかもメインのもう一人が、イノセントスマイル所属の宮下みやした 美穂みほさんという豪華さだ。

 私ぐらいから少し下の年齢層なら大体知っている、読モ出身の目を見張る美少女。

 最近はドラマ界やCM界にも進出し、若い男の子から三十代男性まで人気を集めて知名度を上げているらしい。


 そんな彼女が出るCMなら、話題になるのが約束されているとも言える。

 それに共演できたともあれば幸運だと、同じグループでも妬まれるのが確実な案件だ。


 それなのに、美久里ちゃんものぞみちゃんと同じく、同期生たちと普通にお喋りをしている。

 私と何が違うのだろうか。


 私の時は最初から壁があるように感じていたから、スタートから差があったのかもしれない。

 或いは、リーダーの差か。


 六期生リーダーの大和田おおわだ 紫苑しおんさんは付属養成所時代から知っているが、アイドルとしてはそこまで才能があるとは感じていなかった。

 でも、複数のアイドル志望の女の子の間を取り持つことに関しては、かなりの力量を持っていたと思える。


 養成所に入ってくる女の子なんて、自分に自信がある子ばっかりだ。

 だからこそ、アイドルを目指して多額な金銭が掛かる養成所にも入るわけだけど。


 当然、そんな女の子が多数集まれば、ある程度の軋轢が生じるのも当然である。

 それを、養成所スタッフと一緒に解消を目指していたのが紫苑さんだ。


 その存在が、養成所の安寧を担保していたと言っても間違いではない。

 それぐらい、年齢も高めで養成所歴も長かった彼女の影響力は大きかった。

 今でも、同年齢ぐらいから年下の付属養成所出身メンバーには、かなりの影響力を持っているはずである。


 そんな紫苑さんがリーダーを務めているからこそ、六期生の内部は纏まっているのかもしれない。


 彼女が五期生に選ばれてさえいれば。

 そんなことを、つい妄想してしまう。


 実際、選ばれるかどうかギリギリのところまで行ったという情報がある。

 私と亜李沙さんという付属養成所出身者の二人が五期生に選出されたため、紫苑さんは選外という結果になった。

 一つの期でプロダクションの付属養成所出身が三人は多過ぎるという、上層部の判断が憎たらしい。


 彼女が五期生に居れば、アイドル生活が変わったかもしれないのに。

 そう思いつつ、緊張を解すように会話して笑い合う紫苑さんたち六期生を眺め続けた。

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