第41話

 慌てて首だけ振り向くと、俺に抱き着いてきた相手は枝里香さんだった。

 つまり、俺の背中上部に当たっている柔らかい物体は彼女の巨乳ということである。


「え、枝里香さん……。お疲れ様でした」

「あら……。予想と違う反応……」

「予想もしてなかったから、ビックリしたんです」


 急にオッパイを押し付けられたら、驚くに決まっている。


 違う。

 急に抱き着かれたら、だ。


「ごめんね。美久里ちゃんの後ろ姿を見たら、驚かせようと思いついちゃって」

「……驚かすつもりだったんですね」

「あっ、本音出ちゃった……」


 そんな可愛く言われたら、全部許してしまう。

 増して、グラマーな美女に抱き着かれるなんて、俺にとってはご褒美なのだから。


「もう……。ところで、アンコールは終わったんですか?」

「えっ、ええ。今日は終了よ。……ところで、初めての総合コンサートはどうだった?」

「ああ、はい。緊張はしましたが、無事に終えたと思います」

「そう。それは良かったわ」


 二人で話し込んでいる最中に、待っていてくれたのぞみちゃんや智映ちゃんに先に行くよう態度で示す。

 彼女たちは枝里香さんに軽く頭を下げると、控室へと続く廊下を進んで行った。



 +++



「枝里香さん。他のメンバーはどうしたんですか?」

「シュスソーラのメンバーなら、自由に行動してるわよ。慣れたものだし、明日もあるからね」

「はぁ……。そうなんですね」

「明日の終わった後だと、いろいろと忙しいから」


 彼女は一回目の総合コンサートから、出演しているベテランである。

 それも、一軍格の『シュステーマ・ソーラーレ』で出続けているエリートだ。


「六期生のステージ見てたけど、良かったわ。オープニングやエンディング曲は、流石にわからないけど」

「あ、ありがとうございます。オープニングやエンディングも、専用曲以上はできたと私は思ってます」

「そう。そんなに自信があるなら、大丈夫そうね」


 舞台裏の隅っこの方に移動して、枝里香さんと会話を続ける。

 俺と違い、ステージに出ていた時間が長い彼女は、汗をかき肌を上気させて何だかなまめかしい。

 普段から色っぽいお姉さんだが、コンサート後の今は更に色気を感じさせて、俺の奥底の男を揺らがしてくる。


「え、枝里香さんは、ステージの時間が長かったですけど、休憩とかは大丈夫ですか?」

「ええ、そうね。少し疲れているから、控室で休憩を取るつもりよ」

「でしたら、ここで時間を取らせるのもいけませんね」

「あら、美久里ちゃんは私とお話するのは嫌?」


 ここで寂しそうな顔をするのは卑怯です。

 年上の美人に可愛さを見せられると、グッと来てしまう。


「い、いえっ! そんなことは、絶対にないですっ!」

「ホントッ!? それは、良かっ」

「枝里香~。控室に戻ろう~」


 彼女の言葉を遮ったのは、サートゥルヌスこと清田きよた 涼夏すずかさん。

 舞台裏から控室に繋がる廊下へ入る直前に、彼女は隅にたたずむ俺たちを見つけたようだ。


「……もう。わかったわ~」


 そちらを振り向くと返事を返してから、再び俺へと向かい合う。


「それじゃ、行くわね。大変だろうけど、明日もがんばって」

「ありがとうございます。枝里香さんも頑張って下さい」

「うん、ありがとう」


 その返事で立ち去るかと思っていたら、逆に近づいて抱き着かれた。


「え、枝里香さんっ!?」

「来年はよろしくね♪ 一緒のステージ、期待してるから」


 押し付けられた胸とか柔らかい肉体に驚いていると、耳元で妖しく囁かれる。

 くすぐったい感触に身体を硬くさせると、彼女は俺を離しニッコリと笑顔を残して身を翻した。


 俺は、涼夏さんと合流して舞台裏から立ち去る枝里香さんの後ろ姿を、ただ見送るだけだった。



 +++



「ただいま戻りました~」

「お帰り~」

「お疲れさま」


 六期生の控室に戻ると数人不在の他は、着替え終わった仲間が思い思いの飲料を手に談笑していた。


 それを横目に奥のパイプハンガーの一つに近付くと、アイドル衣装を脱ぎ始める。


「美久里。脇坂先輩と、仲良かったの?」

「以前、ボイトレを免除された時に、ダンスの自主練習で偶々一緒になったんですよ」

「そうなんですね……」


 紗綾香さんの質問に答えると、返ってきたのぞみちゃんの言葉が冷たい。

 俺は彼女たちに背中を向けつつ、着替えを続けて話を続けた。


「それからプロダクションの廊下で会った時に、ちょっと会話をするぐらいの関係ですね」

「智映、知りませんでした……」


 智映ちゃんの言葉も冷たい。

 なぜか浮気を責め立てられてるような雰囲気に、着替えをするスピードも少し遅くなる。

 とはいえ、永久に着替え続けることもできない。

 帰宅用の私服に着替えた俺は、特に何もありませんよという感じで空いていた椅子に座った。


「脇坂さんは、何か言っていた?」

「六期生のステージを見学していたようで、良かったと言われました」

「そうなのっ!? 嬉しい……」


 シュス・ソーラの人気メンバーに褒められて、紗綾香さんは嬉しそうである。


「全然、気付かなかった~」

「それだけ、集中していたということですね」


 友菜さんの言葉には、のぞみちゃんが反応している。

 俺は舞台袖から何人か見ていたのは覚えているが、具体的に誰かまではわからなかった。


「今日のコンサートは、少し自信になりました」

「はい。智映もそう思います」

「自信はいいけど、過信にならないようにね。明日もあるんだから」


 俺の発言に智映ちゃんが賛同し、紗綾香さんが戒める。

 上手く行く程度に調子が乗るようにする、六期生独特の関係だ。

 きっと、明日も問題無くいけるだろう。


 新人ということでステージ後のシャワーも最後である六期生の俺は、そんな話を続けながら時間を潰した。

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