第37話

 なかなかの目付きで、俺を睨んでいる。

 まぁ、東山 加絵が俺にマイナスな感情を抱いているのは今更だ。


 来年の例大祭で彼女の順位を下げる要因だから。

 それはのぞみちゃんも同じで、六期生では俺たち二人が特に目のかたきにされている。


 もっとも他の同期に対しての態度も悪いから、彼女の味方は数少ない。

 来年の夏には引導を渡したいものだ。



 +++



「紗綾香。そちらはどうだった?」

「紫苑さん」


 舞台裏に戻ると、先に帰っていた六期生リーダーが副リーダーに話し掛ける。


「それが……。美久里が暴走しちゃって」

「暴走?」


 紗綾香さんの答えに、紫苑さんが不思議そうに俺を見つめた。

 始まったばかりなのに、少し疲れたような俺をだ。


「……全力で飛ばしたの?」

「ええ。後ろから見ていましたが、凄かったです」

「だから、あんなに声援があったのね」


 二人の会話に他の同期生が色んな表情を見せる中、優しいのぞみちゃんは俺に声を掛けてくる。


「美久里ちゃん、大丈夫?」

「ちょっと、休めば大丈夫だと思うよ」

「だね~。美久は控室で休憩かな~」

「はい。そうします」

「のぞみも付き合いますね」

「ひゅー。相変わらず仲がいいね~」


 友菜さんの揶揄いに反応するのも面倒だったので、軽く微笑んで控室へ足を向ける。

 寄り添うようにのぞみちゃんが傍に来てくれて、ミネラルウォーターを渡してくれた。


「智映も一緒に行きますっ!」


 それを見ていた智映ちゃんも、俺たちの後を付いてくる。


「次の出番に遅れないようにね」

「もちろん、わかってます」


 六期生を見守っていた統括マネージャーの種山さんの言葉に返事をし、控室に三人で移動した。



 +++



 他の六期生が出入りする控室で一時間弱、のんびりとして体力を回復させてから舞台袖に向かう。

 途中、舞台裏で控室に戻る二期生の先輩たちとすれ違った。


「おつかれさまです」

「はい。がんばってね」


 挨拶を返してくれるのは、当然枝里香さんである。

 イエローが散りばめられたシュス・ソーラ基本衣装をまとう彼女は、なぜか最初から俺に好意的だ。


「わかりました。気合入れていきますね」

「……枝里香のお気に入りのかな」


 少し立ち止まって会話を交わしていると、パープル系の衣装を纏った背の高い女性も止まって参加してくる。


 清田きよた 涼夏すずかさんだ。


 枝里香さんとは同期生だけでなく、同じ内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』の一員でもある。

 身長が高く髪も短めな男装が凄まじく似合う彼女だが、身体の凹凸は意外とある。


 二期生は枝里香さんが主に男性の人気を集め、涼夏さんが女性の人気を集めるという役割分担ができている期だ。

 カッコイイ雰囲気で、なかなかの美女でもある。


「そうよ。可愛いでしょ」

「だね。梨奈に負けずとも劣らない、かな」

「あ、ありがとうございます」


 二人の上位人気メンバーに褒められて、自然と照れてしまう。


「いやいや、本気で言ってるから」

「可愛いが増えるのは嬉しい」

「行くよ。二人とも」


 先に行く二期生リーダーが二人を呼ぶ。


「は~い。それじゃ、ね。美久里ちゃん」

「そろそろ、三期生も歌い終わるだろうから、君も急いだほうがいいよ」

「はい。わかりました」


 可愛く手を振って立ち去る枝里香さんと涼夏さんに、軽く頭を下げて舞台袖に急ぐ。

 余裕を持って控室を出たはずが、ギリギリの時間になりそうだ。



 +++



「遅いですっ! 美久里さん」

「ごめんね、智映ちゃん」


 俺より先に出ていた智映ちゃんに、怒られてしまった。

 時計を見ると集合時間には間に合ってはいるのだが、俺が一番最後である。


「遅れました。ごめんなさい」

「時間には遅れてないから、大丈夫よ」

「はい」


 ステージ上では三期生の専用曲が終わり、トークも終了して下手しもて側に退場している最中である。

 こちらでは四期生が舞台に出る準備を終え、今か今かと待っている状態だ。

 他には、俺たちより出番が一つ前の五期生も集まっている。

 もっとも、梨奈さんと他のメンバーとは物理的に少し距離があるが。


「何かありました?」


 智映ちゃんと行動を共にしていたのぞみちゃんに、予定より遅くなった原因を尋ねられる。


「途中で二期生の先輩たちに激励されていたから」

「二期生が?」


 横で話を聞いていた佐起子さんが、不思議そうに会話へ混じってくる。

 二期生との絡みが、今まで特に無かったからだろう。


「枝里香さんと涼夏さんに、ね」

「へ~。二期生のツートップに~」

「はいはい。緊張を忘れるのはいいけど、集中はしてね」

「そう。出番はすぐだからね」


 想定外で話が盛り上がりそうなところを、紫苑さんと紗綾香さんが引き締める。

 この辺りは、リーダーと副リーダーに相応しい。


「言わないでくださいよ。少しでも緊張を薄めようとしていたのに」

「あら、ごめんなさい」

「あはは」


 六期生で会話を重ねていると、他からの視線が気になる。

 チラリと視線の元を見ると、梨奈さんがジッと俺たちを見つめていた。



 +++



 そうこうしているうちにステージ上では四期生が歌い終わり、トーク時間に入っていた。

 それも数分で締められると拍手の中を彼女たちが退場していき、代わりに五期生たちがステージに飛び出していく。


「……いよいよ、次ね」

「その前に五期生の、武智さんのステージを見て勉強してね」


 紫苑さんの言葉に、種山さんが重ねる。

 確かに、梨奈さんのステージは見てみたい。


 彼女たちの人数も、俺たちと同じ八人。

 梨奈さんを一人最前列とした、縦ひし形のフォーメンションで五期生専用曲のイントロが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る