第36話
日付が変わり、シュステーマ・ソーラーレ総合コンサートの一日目を迎える。
開場を目前とした六期生の控室では、昨日より緊張度は減っている。
例大祭やミニライブを経験して、ある程度は慣れてしまったのだろう。
これぐらいの緊張なら、逆に良い結果が出るかもしれない。
極度の緊張状態や俺ぐらいにリラックスしていると、失敗した時にパニックに陥りそうだし。
「うん。今日の雰囲気はいいわね」
六期生統括マネージャーの種山さんも俺と同じ考えのようで、控室を見回して頷いている。
「これまでのことで、慣れたみたいです」
「流石にね~」
「例大祭の時と比べれば、差が大きいと自分でも思います」
「あの時の私とは、全然違う感じがしますね」
本当に良い雰囲気だ。
あまりに緊張している人がいるようなら、フォローに回ろうかと思っていたが必要無くなって嬉しい。
「そんなところに悪いけど、ちょっとリハ―サルと変わったところがあるから」
「へ、変更ですかっ!?」
そんな俺たちに、統括マネが爆弾を投下する。
当日の朝になって、急な変更とは。
この良い雰囲気が崩れないような、軽微なものであって欲しい。
「特に大したものではないわ。専用曲の時の入場と退場のことなんだけど」
「は、はい……」
「二組四人ずつに分かれて、両方からステージに出て袖に戻っていたけど、全員で一方通行となったから」
「一方通行、ですか?」
「
リハ―サルの時は、前の出番の五期生も半分ずつでステージに上がり、下がる時も同じメンバーで分かれて戻ってきていたが、全部変更になったみたいである。
「そ、それぐらいなら、なんとか……」
「ちょっと、移動する距離が増えるだけですからね」
「一つ前の五期生と、同じことをするだけですよね……」
それに、五期生が手本を見せてくれるはずだ。
最悪には程遠い変更に、仲間は一安心という感じである。
+++
「そろそろ、開場の時間ですね」
「限られてる出番ですが、がんばりましょう」
「家族も見ているからね~」
「……関係者席が遠くてよかったわ」
オープニングにエンディング、中盤に一曲披露してからの短時間のトーク。
これが、六期生に課せられた総合コンサートの仕事である。
正直、暇な時間の方が多い。
「さて、そろそろ衣装に着替えて」
「わかりました」
「早く、新しい衣装が欲しいところです」
六期生に用意されている衣装は、相変わらずシュス・ソーラ基本のアイドル衣装のみ。
予備とかで同じ物が数着あるが、種類は一種類だけである。
「五期生の先輩も、衣装が増えたのは初めての例大祭を終えてからだから」
「後、八ヶ月ぐらいはこのままですか……」
「一年で一種類増える感じですね。人気投票で愛称が付く順位に入らないと」
この八人中、愛称が付く『セブンス・サテライト』以上に入れるのは何人だろう。
俺とのぞみちゃんを除くと、確定と思われる人はいない。
他に二人入って半分に愛称が付けば、アタリの六期生だと言われるかもしれない。
九人もいながらセブンス・サテライトに一人しか入っていない四期生は、『ハズレの期生』『谷間の期生』とか呼ばれているらしいし。
「さて、着替えて準備しようか。のぞみちゃん、智映ちゃん」
「うん。がんばろうね。美久里ちゃん」
「はいっ!」
基本傍に居ることが多い二人に話し掛けると、服に手を掛けて脱ぎ出す。
可愛いアイドルたちが自分の私服を脱いでいくのを視界の端に入れながら、自分のイメージカラーであるピュアレッドが各所に配された衣装を手に持った。
+++
いよいよ、コンサート開始時間の数分前になった。
オープニング曲用の階段状であるセットの、一番
後ろにいくほど段差の高さが緩やかになっていくから、最後の六段目ともなると、背の高さによるが前の人に隠れて胸の辺りまで見えなさそうな感じだ。
俺の三段目だと腰とお尻の境目ぐらい。
前の方ほど、客席から見えやすくなっている。
まぁ、曲の途中に奇数段偶数段で左右逆に動く箇所があるから、そこでは全員全身の大部分が見えるはずである。
それ以外は全く同じ動きの、ダンスの力量がはっきりとわかる振り付けだ。
そして、俺は全力を出す。
目の前の二段目に立つ、
と考えてしまうぐらい、先ほど俺がした挨拶に対する彼女の態度が悪かったのだ。
隣の
こちらは神様チートの演技力で、誰にも文句を言われない完璧な挨拶をしたのに。
そう考えていると、ステージと客席を隔てていた緞帳がバサリと落ちて、オープニング曲のイントロが流れ始める。
いよいよ、今年度のシュステーマ・ソーラーレ総合コンサート開始である。
+++
客席に詰め掛けた一万人のファンの熱狂的な声援の中、ステージ上に落ちた緞帳が舞台袖のスタッフによって左右へ引っ張られ消えていく。
その辺りでイントロが終わり、シュス・ソーラ総勢四十八人が歌い踊り始めた。
「りなりん~~~!!!」
「知実ちゃ~ん!!!」
俺は自重無しで歌いつつ、全力でダンスをする。
出番が限られており連続でもないので、スタミナの心配を無視しての全開モードだ。
「うおぉぉぉ!!!」
「きゃあぁぁぁ!!!」
一万人ともなると、声援も暴力的で圧倒されるものとなる。
それに負けないように歌う声に力を籠め、キレッキレのダンスを魅せ続けた。
+++
ダンッ!!
決めポーズと共に、シュス・ソーラのイベント時のお約束であるオープニング曲『銀河の光は永遠に』が終わる。
「はぁはぁ」
今の全力を出したせいで、息が乱れて汗も噴き出してきた。
でも、それがとても気持ち良い。
「うわぁぁぁ!!!」
「梨奈ちゃ~ん!!!」
「枝里香ぁぁぁ!!!」
爆発的な応援に、ステージ上の全員が襲われる。
だが、名前が聞こえてくるのは限られたメンバーだけだ。
もちろん、その中には俺への声援もある。
「美久里ちゃ~ん!!!」
「みくりん~~!!!」
聞こえてきた場所は正確にはわからないが、大体のところに満面の笑顔で両手を振る。
そして、急いで階段状のセットを降りると
暫くは内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』の時間である。
それから『ドワーフ・プラネット』『セブンス・サテライト』が登場し、各期生の専用曲の出番となる。
俺たちの次の出番は、五期生による専用曲披露の後だ。
梨奈さんが出た後という難しい舞台を、俺が支えねばならない。
+++
「はぁはぁ。ふぅ……」
「美久里」
「さっ、紗綾香さん」
体力関係の問題で舞台袖に下がった後も呼吸を整えるのに専念していると、俺の一人後ろだった紗綾香さんが話し掛けてきた。
「後ろで見ていたけど、凄かったわ」
「そ、そうですか。私も舞い上がったのか、後のことを考えずに、歌った気がします。はぁ……」
「本当にすごかったです。智映、びっくりしちゃいました」
「スタミナ大丈夫かと、心配になるぐらい」
同じ縦列の後方の、佐起子さんと智映ちゃんも参加してくる。
やはり、右端に近い四段目以降のメンバーには見えたのか。
「次の出番はまだまだだから、体力も回復するとは思うけど」
「すぅ……。はい。しばらく、大人しくしています」
「やっぱり、美久里さんのダンスはすごいですっ!」
舞台袖から裏へと話しながら歩いていると、気のせいかどこからか視線を感じる。
なんとなく、そちらに視線を向けると東山 加絵が俺を睨みつけていた。
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