第35話

 オープニングのステージは、階段状になっているセットだ。

 そこにシュステーマ・ソーラーレのフルメンバー四十八人が、六人を縦一列として八列並ぶフォーメンションをとる。


 人気投票上位で結成された、内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』が一番目立つ位置を占めるのは当然だ。

 彼女たちは真ん中の縦四列の一番前と次の場所に陣取り、人気投票九位だった一人だけ横三列目に位置する。

 その横に『ドワーフ・プラネット』の一人が並び、残った四人が縦二列目と七列目の横一列目と二列目に立つ。

 次に『セブンス・サテライト』の内、四人が一番端の縦列で一番前と二列目を埋める。

 残った三人が横三列目の中心に近い三つを占めて、残った場所を愛称無しメンバーと新人の俺たちが指定されるわけだ。


 その中で俺の立ち位置は、一番端の前から三番目になる。

 具体的にはステージを客席側から見て一番右、上手かみての舞台袖に最も近い縦列の横三列目だ。


 後ろには紗綾香さんが位置し、右隣には『セブンス・サテライト』の一人、愛称エウロパの『かつら なおみ』さんが陣取っている。

 彼女は三期生で二十歳、なかなかの美人だがアイドルとしては平凡で、少し印象に乏しい外見という感じだ。

 そんななおみさんが愛称を持てる原動力は、かなりの歌唱力である。

 ダンスの力量も平均以上は有り、その辺りで票を稼いだのであろう。

 俺とは特に関係もない、たくさんいる先輩の一人という認識だ。


 問題は俺の前になる人物である。

 そう、その名は東山 加絵だ。


 彼女は第四回例大祭の人気投票で十八位。

 セブンス・サテライトの四番目に位置する。

 順番でいえば、俺の前になっても全然おかしくはないのだが。


(相変わらず、態度悪いな)


 当然、後から来た彼女には俺から挨拶をした。

 一応、挨拶を返してくれたが上から目線の適当なもので、隣のなおみさんとは大違いである。


 とはいえ、俺の方に来てくれて良かったとも思っている。

 六期生八人は、両端の縦列で後方の四つを担当している。

 その中で、俺とのぞみちゃんが先頭の三列目だ。

 つまり、逆の端列だとこの問題児の先輩が、のぞみちゃんの前になるからだ。


 温和な彼女より、俺が東山 加絵の相手をしたほうがマシだろう。



 +++



 オープニングのリハーサルを終えると、俺たちは基本的に暇になる。

 この総合コンサートでも、俺たちだけの出番は中盤辺りになるからだ。


 その間は客席に降り、先輩たちのリハーサルを見守る。

 他の六期生も俺と同じように見学しているが、俺たちほどではないが暇なはずの愛称無しメンバーは数えるほどしかいない。

 まぁ、彼女たちは去年の総合コンサートを経験しているので、見学の必要は無いかもしれないが。


「……こんな感じですか」

「智映も、早く……」


 同期はステージ上の人気メンバーたちに、未来の自分たちを重ねているのかもしれない。

 俺は来年を考えて、梨奈さんや知実さんのステージ上での動きを脳内に刻み込んでいく。


「人気投票上位の先輩方は、大変そう……」

「……覚えることが多過ぎて、私には無理かも」


 特に一軍格の『シュステーマ・ソーラーレ』は、何曲歌うんだという出番の多さである。

 俺の唯一の弱点である、体力・スタミナの不足を早く解消しなければならない。


「はぁ……。体力的にキツそう……」

「うん。のぞみたちも、もっと鍛えないといけないね。美久里ちゃん」


 横に座るのぞみちゃんが、耳元で俺に囁いてくる。

 耳をくすぐる可愛い声に、俺も彼女の耳元に口を寄せた。


「そうだね。上を目指すのなら、絶対に必要だと思う」

「一緒に体力養成を頑張りましょう」

「うん。よろしくね」

「……そろそろ、私たちも準備するわよ」


 頭を寄せ合って小声で話し合っていると、六期生リーダーの紫苑さんが小さ目の声で号令を掛ける。

 歌わず踊らずのリハーサルだからか、思ったより進行が速い。

 去年の経験者ばかりなので、特に問題が起こらないのも一因だろう。


「了解~」

「行きましょう。みんな」

「じゃあ、のぞみちゃん」

「うん。ステージでね」


 みんな立ち上がると半々に別れて、舞台袖への階段に向かう。

 四人ずつ上手かみて下手しもての舞台袖に待機して、両方からステージに現れるのだ。

 ちなみに分け方は、オープニング曲と同じ。

 俺と紗綾香さん、それに佐起子さんと智映ちゃんという四人だ。


「さあ、がんばっていくわよ」


 上手かみて側の俺たちを激励するのは、六期生統括マネージャーの種山さんだ。

 下手しもて側の四人には、サブマネージャーの松園さんがついている。


「リハーサルだから、失敗しても大丈夫……」


 弱気なことを言っているのは、佐起子さん。


「もう……。しっかりしてよ、佐起子」

「ミスしても、まだ取り戻せますよ。ねっ、美久里さん」


 紗綾香さんや智映ちゃんは、見学しているうちに緊張と不安が紛れたようだ。


「新人だから、最初は失敗しても大目に見てもらえるよ」


 流石に運営も新人の六期生に、最初から完璧を求めていないだろう。

 逆に、一人や二人ぐらいなら失敗も愛嬌と考えてくれるかもしれない。

 もっとも、俺は完璧に仕事を全うするつもりだが。


「そろそろ、出番よ」

「はい」

「わかりました」


 種山さんの言葉に返事をしつつ、これから登場するステージに視線を送る。

 来年に向けて、負担の軽い今年の総合コンサートではパーフェクトなアイドルを演じ切るつもりだ。

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