第34話

 十二月。

 シュステーマ・ソーラーレにとって、大きなイベントが二つある月だ。


 まずは大晦日にある、長い伝統を誇る歌番組である。

 こちらは、六期生にとって関係ない。

 もちろん、シュス・ソーラも出場歌手に選ばれているが、出れるのは内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』の九人だけである。

 もしかすると、バックダンサーとして『ドワーフ・プラネット』や『セブンス・サテライト』も出場できるかもしれない。

 だが、俺たち新人組や人気投票下位の愛称無し組には全く関係ない話だ。


 俺たちにとって関係があるのは、シュステーマ・ソーラーレ総合コンサートである。

 これは十二月の初旬から中旬に行われるシュス・ソーラ全員が出演する最大規模のコンサートだ。


 今年は四日と五日の土日に二回開催される予定である。

 土曜日の四日は夜、日曜日の五日は昼に予定時間三時間超で行われる長丁場なライブだ。


 まぁ、四十八人もいるわけで長く時間を取らないと歌える回数の少ないメンバーが出てくる。

 ちなみに、俺たち六期生は持ち曲が専用曲一曲しかないので出番は特に少ない。

 シュス・ソーラメンバー全員で歌うオープニングとエンディングを入れて、三曲しか披露できないのだ。

 これは去年の五期生も同じだったので、文句の言いようがない。


 なお、俺たちと一緒にミニライブに出ている人気投票下位の先輩方でも四曲しかない。

 オープニングとエンディングに期生専用曲、他に愛称無しメンバーのグループ用に作られた一曲だけだ。

 歌える曲はまだ有るのだが愛称無しグループも二つあるわけで、人気が無いと出番も削られていく。


 逆に人気の内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』のメンバーともなると、半分ぐらいの時間が出演時間となる。

 俺も来年にはそうなるはずなので、今回は予習として熱心に見学してみるつもりだ。


 とりあえず、六期生としてはオープニング曲とエンディング曲を仕上げていかないといけない。

 一応、レッスンとして歌もダンスも覚えてはいるが、まだまだレベルは低いのだ。



 +++



 そして、十二月三日金曜日。

 俺は総合コンサート会場の、とあるアリーナに来ている。


 座席数は最大一万一千人。

 機材の関係で全ての座席を販売するわけではないが、それでも一万人分の席はあるらしい。

 俺も関係者用として二席分を頂いたので家族に渡したところ、土日で両親と真ん中と下の兄二人が来ることになった。

 一番上の兄は仕事関係で両日とも行けないと、血涙を流しそうな表情で苦し気に悔しがっていた。

 来年は、絶対に来て生で観るつもりだろう。


 正直、来年の方が俺の出番は多いはずなので、その方が良かったかもしれない。



 +++



 今日は、コンサートの最初からリハーサルを行う。

 俺たち六期生はオープニングとエンディングに出て、中盤ぐらいに一曲歌い、その後にトークするだけなので仕事量としては少ない。

 もちろん、神様チート持ちの俺を除いて、控室の同期は緊張でガチガチの状態だ。


「みんな、緊張しまくりですね」

「あ、当たり前でしょ」

「相変わらず、萱沼さんは余裕そうね……」


 六期生リーダーの紫苑さんに副リーダーの紗綾香さんも、緊張からか表情が固い。

 前日の今日からこんな状態では、本番の明日はどうなるのやら。


「オープニングとエンディングは端の方だから、ミスしてもそんなに目立たないと思いますけど」

「たとえそうでも、ミスったらと思うと怖いのっ!」

「いや、目立たないのも寂しくない~」


 仲間の緊張は、どうしようもないな。

 これは経験を積んで、自信を持っていくしかなさそうだ。


「今日はリハだから、それで慣れるしかないですね」

「慣れそうにないんだけど」

「い、胃が痛い……」


 大丈夫か、本当に。



 +++



 本日のリハーサルも、実際に歌を歌い踊ることはない。

 その辺りは、普段のレッスンで出来て当たり前というのが運営上層部の考えだ。


 だから、その辺りは端折ってコンサートの流れを追っていくのが目的である。


 俺たちはいつもの練習着に着替えると、控室を出てステージに向かった。

 新人である六期生は誰よりも早く舞台に集合、との種山さんの指令だ。



 +++



 ステージに着くと、舞台上にはオープニング曲用のセットが存在を示している。

 ここから客席を眺めると、前方の少数のスタッフ以外はがらんとした無人の空席が続いていた。


「この客席が、ファンで埋まるんですね……」

「考えてみると、凄いかも」


 佐起子さんと紗綾香さんが呟いた言葉に、みんなそれぞれの想いで客席を眺めている。

 こんな広い会場をファンで埋め尽くせるアイドルグループに所属していることを、再確認している感じか。


「ヤバイ、本気で緊張してきたかも~」

「今更ですか、友菜さん」

「思ったより、ここから見えなくて良かった……」

「甘いわよ。ファンもペンライトとかを持ってるから、明日は今と見え方が違うかも」


 明日、幕が開けてステージ上からどう見えるか。

 暗くて見え難かったら、仲間の緊張も減るかもしれない。


「……もう、六期生来てたんだ」

「おはよう」

「「「おはようございます」」」


 少しして愛称を持たない、ミニライブを一緒にしている先輩方も集まってきた。

 余計な軋轢が生じないように挨拶を返して、俺たちは指定された場所に移動する。

 普段のミニライブ以上に脇役だが、それでも頑張って来年の人気投票に繋げよう。



 +++



「おはよう。美久里ちゃん♪」

「んっ、お、おはようございますっ! 脇坂さんっ!」


 自分の担当位置でリハーサルの開始を待ちながら、オープニング曲の歌詞とダンスを脳内でリピートしていると誰かに声を掛けられる。

 そちらを見るとシュス・ソーラの色気担当、グラビアアイドルとしても人気な脇坂わきさか 枝里香えりかが俺に微笑み掛けていた。


「お久しぶりです」

「ええ、そうね。あれから、廊下で何回がすれ違ったぐらいだから」


 三ヶ月ちょっと前、ひょんなことから練習室で出会って巨乳の揺れ具合を堪能したのが初めての出会いだったか。


「調子はどう? 緊張してない?」

「はい、私は大丈夫です」


 色気を漂わせる美女が、俺を心配してくれる。

 のぞみちゃんや梨奈さんに次いで、好感が持てる女性だ。


「そうみたいね。他の六期生は緊張で大変みたいだけど」

「ええ。でも、明日になれば開き直ってくれると思います」


 というか、この緊張状態が続くと明日の土曜日は失敗してしまいそうだ。

 そうなれば、日曜日のコンサートにも影響が出るだろう。


「だといいわね。それじゃ、またね」

「はい」


 枝里香さんは俺にウインクすると、笑顔で自分の担当位置に去っていく。

 本当に色っぽいお姉さんで、男として仲良くなりたかった。

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