種山 早智子

「──ほう、結構な集まり具合だな。種山くん」

「はい、社長。やはり、七澤さんの存在は大きかったようです」

「松園くんの担当も、予想以上だな」

「はい。こちらの方は、萱沼さんのおかげでしょう」


 サイン会会場である古澤 佐起子の地元から帰った私は、直ぐに社長室に報告に行く。

 私より先に帰社した他のマネージャーが報告中のため待たされていると、別の六期生組担当の松園が来たため一緒に報告することになった。


「うむ……。やはり、六期生はその二人をメインに売っていくべきだな……」


 芸能プロダクションの社長としては、そういう考えが普通だろう。

 私としても、より売れる方向で考えていかないといけないが、六期生内部に格差を付けるのも回避したい。


「とはいえ、五期生のことを考慮すると難しいところだな」

「……はい。武智さんと他の五期生との確執を、六期生で繰り返したくはありません」


 一期前の五期生では武智 梨奈が人気を集め過ぎて、一強になってしまった。

 そのせいで、他の五期生七人のアイドルへの意欲が減少し、いろいろと問題が起こりそうになっている。

 五期生の統括マネージャーとサブマネージャーは、大変な苦労で胃を痛くしているだろう。


「幸い、六期生のリーダーは大和田さんですので、彼女が中を見てくれて助かってます」

「ああ、松園くん。彼女の面倒見は私も評価している。それこそ、五期の時に合格させれば良かったともな」

「そうなれば、少しは五期生の内部も今よりは良かったかもしれませんね」


 大和田 紫苑のアイドルとしての評価はともかく、人間性は私も高く見積もっている。

 シュステーマ・ソーラーレを卒業する時には、マネージャーにならないかと事務所に誘ってみるつもりだ。


「七澤もいるし、関口も萱沼を慕っているみたいだな」

「はい。例大祭の時のことで、彼女も萱沼さんのファンになってます」

「……他に、市原さんとの仲も良好です」


 社長と松園との会話に、出ていないことを付け足す。

 こう考えてみると五期生とは違いが多過ぎて、六期生では問題が起こらないような気もしてくる。


「なるほど……。五期生より、現状は遥かに良いと判断していいか」

「はい。そう思います、社長」

「他の三人とも会話はありますので、このまま続くように努力します」


 悪くても、このままの状態が続いて欲しい。

 一人が裏で無視されていたような五期生みたいなことは、私のためにも遠慮したい。


「わかった。……六期生のこと、頼むぞ。二人とも」

「はいっ!」

「お任せください」

「よし。では、退室したまえ。次の者が居れば、声を掛けるように」

「はい。失礼します」

「失礼いたします」


 私と松園は社長に頭を下げると、急いで社長室から出ていった。



 +++



 廊下に出てスマホを取り出すと、松延 紗綾香から連絡が来ている。

 彼女たちの居場所を確認し松園を見ると、彼もスマホを眺めていた。


「……種山さん。市原さんたちは、松延さんたちと一緒にいるようです」

「わかったわ。移動しましょう」


 目的地に向かって廊下を進むと、途中で後輩の社員に出会う。

 彼女は今回のサイン会イベントで、五期生の一組ひとくみに付いていたはずだ。


「種山さん、松園さん。おはようございます」

「おはよう。今なら、社長室空いてるわよ」

「そうですか。……種山さん、松園さん。六期生の方はどうでしたか?」

「サイン会のことなら、盛況だったわよ」

「こちらは、大盛況と言ってよいかと」


 社長へ報告に行かないといけないのに、六期生のサイン会のことを知りたがる。

 これは、彼女が付き添った五期生のサイン会は上手くいかなかったようだ。


「……それは」

「あまり良い状況ではなかったようね。石田いしださん」


 彼女はシュステーマ・ソーラーレのマネージャーではなく、本来は他の俳優のマネージャーだ。

 その俳優の仕事が最近少なくなっており、時間に余裕がありそうな担当マネが駆り出された感じだ。


「ええ。人数も集まりませんでしたし、少し態度も……」


 石田さんが付いた五期生は総勢八人。

 その内、一人は武智さんだから内部グループの『シュステーマ・ソーラーレ』で動いている。

 他の七人の中で、うちの養成所出身の一人が六期生の付属養成所出身者二人とチームを組んでサイン会に挑んでいる。

 残った六人を二つに分け、どちらかというと評価が低い方のチームへ付けられていたはずだ。


「……五期生は、ちょっと、ね……」

「まぁ、部外者の私が付けられたのが、不満なのはわかりますけど」


 もう一つのチームは五期生のサブマネが付いたのに、普段関わりのない社員を付けられたのは同情できなくもない。

 だからといって、態度に出しては駄目だ。


「ごめんね。上の方に言っていくから、あなたからも報告を上げて」

「……わかりました。では、社長に報告してきます」


 石田さんは会釈をすると、社長室に向かう廊下を歩いていった。


「……松園さん。五期生は問題が大きくなってそうね」

「ええ。シュスソーラのマネージャー相手ならともかく、他のマネージャーですからね」


 まだ、四期生から後ろの期に卒業者はいない。

 このままでは四期生より早く、五期生に卒業者が出てしまいそうだ。

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