第33話

 夜、友菜さんの部屋へ遊びに行こうと考えていたが、朝が早かったせいでそんな余裕は無かった。

 女子中学生とは思えない早い時間にベッドに入ったが、スマホの目覚ましが鳴るまで熟睡してしまったのだ。


 それから急いで準備をし、ビジネスホテルのバイキングで朝食を済ませるともう出掛ける時間である。

 実家に泊まった茉美さんも父親が運転する車に家族同乗で送られてきており、一緒に松園さんがレンタルしてきたミニバンに乗り込む。

 荷物は高森さんがレンタルしてきた普通車にも分けて載せ、二台体制で今日のサイン会場へ向かった。



 +++



「二人ともありがとう。妹へのサイン色紙」

「あれぐらいならね~」

「昨日今日で何枚書くんだって、感じですからね」


 茉美さんから、妹が求めていたサイン色紙へのお礼を言われる。

 それぐらいなら、何枚でも書いてもいい。

 美少女に渡す限定だけど。


「久し振りの実家はどうでしたか?」

「ん~。出てから半年以上経つけど、時間が止まったみたいに変わりなかったわ」

「美久や友菜みたいな実家住みには、わからない感覚だね~」

「一人暮らししてみたい気持ちもありますけど、茉美さんや佐起子さんを見ると大変そうです」


 そして、好みの美少女を連れ込んでみたい。

 女同士だから大丈夫な感じで、部屋に来たら狼に変わるわけだ。

 いや、実際にやる気はないけど。

 ちゃんと口説いて、ご招待したい。


「まだ、事務所の寮だから楽なはずなんだけどね」


 微かに苦笑いする茉美さんを見つめる。

 彼女も悪くないが、やはり深い意味で百合百合するならもっと美少女が良い。


 最低でものぞみちゃんクラス

 梨奈さんクラスなら何も文句は無い、万々歳だ。

 まあ、余りに内面や性格がアレだと無理だけど。


 他は、脇坂わきさか 枝里香えりかさんぐらいだろうか。

 顔はのぞみちゃん以外の同期生と変わらないようなレベルだけど、あの肉体は高評価だ。

 グラビアのビキニ水着写真を見て、ええ身体しているなといつも思っている。

 股間のアレは失ってしまったが、あのFカップの谷間に顔をうずめてみたい。


「プロダクションの寮だと、プライベートな部分まで監視されてる感じがする~」

「頼めば食事も用意してくれるし、洗濯だってやってくれて、あの家賃は安いと思うわよ」


 後部座席の二人の会話を聞きながら、車窓から流れる風景を眺める。

 乗っている時間を考えたら、そろそろ目的地に着くはずだ。



 +++



「……ようやく、事務所ね」

「終わってみたら、短かったな~」

「明日から月曜日で学校って、感じがしませんね」


 サイン会も三回目ともなると、もはや流れ作業である。

 初めての一回目や茉美さんの地元である二回目とは違い、特筆することもない普通のサイン会であった。


 それを終えると昼食を取り、空港まで移動して飛行機で一っ飛び。

 まだ明るい時間に、プロダクションの自社ビルまで帰り着くことができた。


 正式なシュステーマ・ソーラーレメンバーとなってからは、堂々と表玄関が使える。

 車から自分の手荷物を持って降り、中に入ると受付が目に入るが、日曜なので綺麗な受付嬢は不在だ。


「私は社長に報告してきます。みなさんは、……そうですね。適当な会議室か休憩室で待機していてください」

「わかりました」

「誰か、後で場所を連絡してくださいね」

「了解です~」

「本当に頼みますよ」


 一階の社長室へ向かう松園さんを見送ると、俺たちは上階の総務課を目指した。

 高森さんは俺たちを乗せてきた社有車を、駐車場に移動させている。



 +++



「ただいま帰りました」

「ああ、お帰りなさい。初めてのサイン会は大変だったでしょう」

「ええ、まぁ……。ところで、どこか空いている会議室とかありませんか」

「でしたら、第四会議室へどうぞ。松延さんたちがいると思いますから」

「紗綾香さんたち、もう帰っているんですか?」

「つい、先ほどですけど」

「そうですか。わかりました、第四会議室へ向かいます」

「はい」


 総務課の男性社員に会議室の空き状況を尋ねると、のぞみちゃんたちが帰社済みのようで彼女たちがいる会議室を紹介される。

 更に上階の小さ目な会議室に、紗綾香さんチームの三人はいるようだ。



 +++



「……失礼します」


 部屋の中に六期生だけとは限らないから、失礼のない態度で入室する。


「あら、茉美たちも帰ってきてたの?」

「紗綾香さんより、少し遅かったぐらいみたい」


 第四会議室には、同期の三人が迎えてくれた。


「種山さんは~?」

「社長に報告へ行ってます」

「松園さんと同じですね」


 大きなテーブルに椅子が十二卓あるが、当然俺はのぞみちゃんの隣の椅子へと座る。


「お疲れ様です。美久里ちゃん」

「のぞみちゃん、お疲れ様」


 彼女は柔らかい笑顔で、俺を見つめてくる。

 荷物を椅子の傍の壁際に置いて、俺ものぞみちゃんの可愛い顔を見返した。

 彼女の表情に、疲れとかの残滓を見えない。


「どうだった。そちらは?」

「三回したんだけど、全部で三百人ちょっとかな?」

「そうなんだ。こっちも三回だったけど、三百はいなかった感じ」


 紗綾香さんと茉美さんが会話を交わし、残った友菜さんと佐起子さんも話をしている。


「久し振りの地元はどうだった~」

「良かった。おじいちゃんやおばあちゃんにも会えたし」

「そうなんだ~。サイン会にも来た~?」

「そうなの。ちょっと恥ずかしかった……」


 六期生内の派閥的には紗綾香さんと友菜さんの他養成所組に、茉美さんと佐起子さんの地方一般組がコンビなのだが組み合わせが違っている。

 まぁ、今は俺とのぞみちゃんと、それ以外という派閥も発生しているが。

 そこまで、ギスギスしているようなものではないけど。


「何か、特別なことがありましたか?」

「特別……。茉美さんの妹が来たぐらいかな?」


 のぞみちゃんの質問に少し考えてみたが、特筆するようなことは思い付かない。

 同期の家族がサイン会に来たぐらいが精々だろう。


「他は料理がおいしかったぐらいかな。のぞみちゃんの方は?」

「のぞみの方も、佐起子さんの祖父母が来たぐらいですね」

「まぁ、そう、特別なことは起こらないよね」


 暫く美少女と会話を楽しんでいると、ノックと共に鍵が開けられる音がしてドアが開かれた。


「……お待たせ。みんな」

「お待たせしました」


 入室してきたのは社長室に報告に行っていた、種山さんに松園さんである。


「お疲れ様です。社長の反応はどうでしたか?」


 ここにいる六人を代表して、副リーダーの紗綾香さんが尋ねる。

 それに対して、六期生統括マネージャーは笑顔を見せた。


「上機嫌だったわよ。この六期生の二組は予想より人数が集まったって」

「逆に、他の所は集まりが悪かった場所が多かったようです」


 俺たちは良かったが、他のサイン会は上手くいかなかったのか。

 やはり、俺やのぞみちゃんのように目玉となるメンバーがいない組にはキツかっただろう。


「そう。ここに来る前に五期生の──」

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