第31話
「遂に来ましたか~。茉美っちの故郷へっ!」
「……茉美さんの実家は、ここから近いんですか?」
「ううん。まだ、車で一時間近くは掛かるの……」
今日は十一月第四週の土曜日。
俺たち六期生が初めてスタジオで収録した曲が入っている、シュステーマ・ソーラーレの新アルバムCDが今週の水曜日に発売された。
その宣伝を兼ねたサイン会のため、俺たちは午前中に空路で茉美さんの出身県へ来ているのだ。
同行人数は五人。
シュス・ソーラメンバーは俺の他、市原 茉美さんと金谷 友菜さんである。
他に六期生サブマネージャーの松園さんに、雑用をメインとするマネージャー見習いの
高森さんは大学を卒業後、プロダクションに入社して二年目の女性である。
身長が百七十越えと高い以外は、特に特徴の無い人物だ。
特に女性として魅力を感じていないので、きちんと仕事をしてくれれば何も言うことはない。
「……お待ちしておりました。フォルテシモの皆様」
「ああ、水沼さん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いいたします。では、こちらに車を用意してありますので移動しましょう」
到着した空港には、最初のサイン会を行うショップの方が迎えに来てくれていた。
担当者に連れられてマイクロバスに乗り、運転手も入れて七人で会場へと向かう。
+++
この県は地域区分で、三つに分けられる。
そこの中心となる市にある、各CD販売店と組んでサイン会が行われるのだ。
今日の午前と午後に一回ずつ、明日の午前の一回を終えて午後には空路で戻るという日程。
ちなみに今日の午後の回が、茉美さんの実家に一番近い。
「午後のサイン会に、茉美さんの家族は来るんですか?」
「そこんところ、友菜も気になる~」
「両親は来ないですよ。初めてのミニライブに来て、二人に会ってますし」
そう、六期生たちの家族は最初のミニライブを見に来て、他のメンバーに挨拶を済ましている。
茉美さんの両親は、普通の人という印象だった。
というか、のぞみちゃん以外の同期の家族は全員普通の一般人である。
「妹が一人いるとか、言ってませんでした?」
「あぁ、友菜も聞いたことある~」
「……妹が友人たちと来るかも、と……」
アイドルをしている時を、家族に見られるのは何だか照れくさい。
ほとんどの仲間が、そう思っているそうだ。
まぁ、俺もそう思ってしまうから、妹ちゃんには気を使ってもらいたい。
+++
サイン会の会場は、CD販売店ビルの上階にあるイベントスペースである。
そこで、CD現物を持っている人には、そのCDにサインしてもらうかか別の色紙にサインしてもらうか選べる。
デジタル配信の場合は購入したことを確認し、色紙にサインしてもらえるというシステムだ。
もちろん、受け渡しの時に握手もするし、少しの会話なら許される。
並んだ人数が多ければ、一人当たりの時間は減るだろうが。
「……美久里ちゃん。お、応援してます」
「ありがとうございます♪」
サインを書く必要があるので、俺たちの前には長机が用意されている。
そこに三人並んでいるのだが、話し掛けられるのは俺が圧倒的に多い。
握手の時も、俺が一番長く手を握られるので大変である。
「これからも、よろしくお願いします♪」
「あっ、はい……」
三人のサインが書かれた色紙を茉美さんに渡された高校生らしき彼は、残念そうに立ち去る。
流石に、サイン物を渡すのも俺がやるのは過重労働だ。
「では、次の方。……色紙でお願いします」
来る人来る人、サインは色紙で貰いたがる。
まぁ、CDのブックレットの表紙は内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』の九人の写真で、俺たちは写ってないから仕方がないのかもしれない。
梨奈さんや枝里香さんなら、そこにサインすることも多いだろうけど。
「頑張ってください」
「はい。ありがとうございます」
「期待してます」
「ありがとう~」
次に来た大学生っぽい眼鏡の彼は、茉美さんと友菜さんと握手を交わすと俺に熱い眼差しを向ける。
「み、美久里、ちゃんっ! 来年の人気投票は、美久里ちゃんに、投票しますっ!!」
「ありがとうございます。嬉しいです♪」
出された右手を優しく握り返すと、彼の顔がデレッと崩れる。
俺の手の柔らかさと
「……これからも、応援よろしくお願いします♪」
「は、はいっ」
もういいでしょ、みたいな感じで茉美さんに色紙を渡されて去って行くファンを見守る。
「では、次の方。……色紙でお願いします」
こんな感じで、テキパキと百人ほどの列を捌いていった。
+++
「──予想よりは多かったですね」
「そうなんですか」
「どんな予想、だったのかな~」
一回目のサイン会を終えると丁度昼食に良い時間だったので、担当者に連れられて地元の名物料理の店に行く。
そこで名物を楽しみつつ、先ほどのサイン会についての会話を交わす。
「百二十人と少しでしたか。百を越えたぐらいかなと思ってました」
「種山さんとの予想では、百にギリギリ届くかどうかというぐらいでしたね」
「はぁ……」
松園さんと並んだ人数に関して話していると、隣の友菜さんの向こう側の茉美さんが溜め息をついた。
「茉美、どうしたの~」
「……あぁ、私たちには珍しくても、茉美さんには見慣れた料理ですからね」
ここの出身の彼女にとっては、名物料理も食べ慣れたものだろう。
「ち、違うから。次のサイン会を考えていただけ……」
違ったか。
まぁ、午後のサイン会は茉美さん出身の市にあるCD販売店。
たとえ妹が来なかったとしても、中学以前の知り合いとかは数多く来ても不思議では無い。
「知ってる人も来るでしょうね」
「うっ……」
「中学時代、憧れだった人が来たりして~」
俺の言葉で表情と声に出してしまった茉美さんを、友菜さんが揶揄う。
「やめてくださいよ。お願いですから、スキャンダルは」
「ま、松園さんっ! そんな人、い、いませんからっ!!」
この反応を見ると、これは居ましたね。
友菜さんと目を合わせると、彼女は肩を竦めて話題を変えた。
他人を揶揄うことが多いが、引き際は心得ている。
「ここから次の会場までは一時間か~」
「え、ええ。明日の会場には、そこから三十分ほどです」
「空港までは一時間半も掛からず、と……」
「はい。ですので、時間的にはそこまで窮屈ではありません」
初めての地方遠征だからか、スケジュールに時間の余裕は多い。
「調べましたが、途中の道路も渋滞はありませんし、明日の天候も良いので飛行機も大丈夫だと思われます」
これは、高森さんからの情報だ。
今のところは、移動に問題は無いようである。
「でも、何かあるといけませんから、早めに移動しましょう」
「……そうですね。では、食事を済ませましょうか」
「了解~」
「わかりました」
茉美さんの言葉に、残り少ない料理を胃の中に納める。
まだ仕事があるので、元々量は多くなかったけど。
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