七澤 のぞみ 2

「はぁ……」


 会議室から退室した私は、大きな溜め息をつく。

 こんなに早く、七澤グループ関係の仕事が来るとは予想してなかった。


 厳密には『ななぼし銀行』はグループ内企業ではないけど、昔からのメインバンクだから関係は深い。


(お父様に電話しないと)


 使われていない休憩室を探そうと、上への階段を昇っていった。



 +++



「……もしもし。のぞみです。お父様、お時間よろしいですか?」

『そうだな……。五分ぐらいなら大丈夫そうだ。どうした?』

「実は──」


 先ほどの会議室での話を、簡潔に説明する。

 父は口を挟まず、黙って聞いてくれた。


「──ということなのですが、お父様?」

『何だ?』

「このお仕事は、お父様が動いて発生したものでしょうか?」


 七澤の名前で、仕事が来るのは仕方がない。

 それに関しては、オーディションを受ける時に納得している。


 でも、父や祖父が働き掛けた場合は別だ。

 ただでさえ、他のメンバーに事務所から特別待遇を受けていると誤解されているのに。


『いや。私は関係していないぞ』

「……でしたら、お祖父様が」

『父にも、余計なことをしないように言ってある』

「そうですか……」

『……だが、のぞみのために、私に隠れて影響力を発揮している可能性は否定できない』


 父方の祖父は、私を溺愛している。

 だから、応援する意味で動いている可能性は無いとは言い切れない。

 もちろん、そんな露骨にしてはいないだろうけど。


 これも姉から敵視されている原因の一つだ。

 もし、祖父が動いていたとして、それが姉に発覚すると酷い嫌味が出ると思う。


『……んっ。どちらにしろ、私からはその案件は受けるべきだとしか言えない』

「お父様……」

『せっかく仕事を出したのに、断られれば当然悪印象を受ける。忖度でも父が動いた結果だとしてもな』

「……はい」

『それに仲の良い萱沼さんも一緒なんだろ? 初めてのCM仕事にしては好条件だ』

「ええ」


 そう、美久里ちゃんとの一緒の案件というのが断りたくない理由だ。

 流石に初めての個人の仕事を一人でするのは心細い。

 誰か、マネージャーとして付いてきてもらってもだ。


『もう、電話を切らないといけない。だから、最後に言っておく』

「なんでしょうか?」

『……アイドルになると決めたのはのぞみだ。だから、今回ものぞみが決めるべきだ』

「…………」

『よく考えて出した結論を、私は尊重する。以上だ』

「はい。わかりました」

『……いつでも電話を掛けてきなさい。愛する娘よ』


 こう言って、父は電話を切った。


「のぞみの好きにしていい、ってことですよね?」


 とりあえず、今日中に結論を出す必要は無いはずである。

 これから土曜のミニライブがあるし、そちらに集中しなくては。


(週明けでも大丈夫でしょう。今はミニライブのことです)


 そろそろ、会場のライブハウスに移動しよう。

 まずは、先ほどの会議室に行って美久里ちゃんの様子を見よう。

 大丈夫なら、一緒にライブハウスに行く。

 途中で、彼女の案件の話を聞けたら聞きたいし。

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