第28話

 九月の三週目の土日から、新しく練習していた曲を披露することになった。


 メインは俺で準メインはのぞみちゃんという、期生専用曲とは違って人気の違いで立ち位置や歌唱量が区別される曲である。

 早くもアイドルとして、厳しくつらい格差が目に見えてきた。


 これでミニライブで歌える曲が二つになったが、運営としては三曲単位で考えているらしく新たな曲が選定されて練習が始まる。

 今回は内部グループの『シュステーマ・ソーラーレ』による曲の一つで、九人で歌っていたのを六期生八人で歌えるように構成を弄ってくれた。


 相変わらず、目立つセンターには俺とのぞみちゃんがダブルで入るという感じである。

 これを、他の六人がどう思っているかはわからない。


 人気商売だから仕方がない、と考えてくれたらいいのだが。



 +++



 九月最後の土曜日。

 ミニライブに備えて、まずはff・フォルテシモの自社ビルに行くと六期生統括マネージャーの種山たねやまさんに捕まる。

 彼女に連れられて会議室の一つに移動すると、中にはのぞみちゃんが待っていた。


「あっ……。おはようございます。美久里ちゃん」

「おはよう。今日はのぞみちゃんの方が、早かったんだね」

「萱沼さん。七澤さんの横に座ってね」

「はい」


 種山さんの言葉通りにのぞみちゃんの横に座ると、彼女は対面に着席する。

 そして、持っていた荷物を机の上に置くと俺たち二人を見つめて話し出した。


「実は……。二人にCMの話が来ています」

「えっ!?」

「そ、それって、二人一緒にということですか?」

「説明するから、まずは聞いてね──」



 +++



「──つまり、私に二つ、のぞみちゃんに一つ、話が来ているわけですか……」

「ええ。萱沼さん個人に一つ、二人に一つ。後のは七澤さんメインだけどね」

「私個人のCMはメイン二人の一人で、のぞみちゃんのは……」


 彼女の方をチラリと見ると、複雑そうな顔をしている。

 そんな表情なのは、のぞみちゃんに来たCMの依頼企業のせいだ。


「……ななぼし銀行、ですか……」


 ぶっちゃけて言えば、七澤グループと関係が深い金融機関である。

 つまり、彼女は七澤の名前で来た案件ではないかと考えているのだ。


「それに、美久里ちゃんまで……」

「……正直、七澤さんの名前で来た仕事だと、社長や私も考えています」

「ええ……」

「でも、事務所とすれば、ぜひ受けて欲しい仕事でもあります。萱沼さんにも話が来ているのですから」

「…………。……美久里ちゃんは、どう思います?」


 顔を下に向け目を閉じて考えていた彼女は、頭を上げて俺を見つめると質問をぶつけてくる。

 俺とすれば仕事が増えれば露出が増え、更にお金も入ってくるので答えは一択なのだが。


「う~ん。……のぞみちゃんが考えていることはわかっているつもりだけど、今更な気がするんだよね」

「今更、ですか」

「うん。六期生の中で私たちがメインにされているのも、のぞみちゃんが七澤グループのお嬢様なのも知られているでしょ?」

「はい……」

「だから、ここでこの仕事を断っても、のぞみちゃんの立ち位置は変わらない気がするよ」

「そう、ですね……」


 既に俺たち二人は六期生の中で、微妙な立場である。

 まぁ、リーダーの紫苑さんが気にしてくれて、智映ちゃんも慕ってくれるし、茉美さんとも結構会話するのでそこまで孤立感は無い。


 五期生の梨奈さんの場合は、もっとアレな感じの状況だったのらしいのだが。

 のぞみちゃんがいて、本当に良かったと思う。


「でも、決めるのはのぞみちゃんだよ。別の仕事が来てるみたいだし、私の事は横に置いて考えて」

「今日、今すぐに決める必要は無いわ。早い方がいいのは確かだけど、一度家族とも相談してみたら?」


 俺とのぞみちゃんとの会話を見守っていた種山さんが、先延ばしの提案をする。


「……うん。わかりました。父と相談して、早く答えを出しますね」

「ええ。お願い。……じゃ、次は萱沼さんね」

「それでは、のぞみは席を外しますね」

「別に、聞いていても良いのだけど」

「いえ。この件で父に電話したいので。……それじゃ、美久里ちゃん。後でね」

「うん。のぞみちゃん」


 会議室から退室していく彼女を見送ると、統括マネと一対一になる。

 さて、一体どんなCMが俺に来たのやら。


「萱沼さんに来たのは、冬用のホット清涼飲料水のCMです」

「もう、冬の話ですか」


 十月間近とはいえ、まだ暑く感じる日もあるのにCMの世界では冬の準備をしているわけか。


「本当は、武智さんに来た案件だったのですが」

「そうなんですか」

「ええ。でも、彼女は別の同業他社のCMに出るのが決まっていて、断るしかなかったのよ」

「それは、仕方ないですね」


 梨奈さんの人気は凄いもので、この夏から出演しているCMも増えている。

 来年には出演CM本数が一番になって、CM女王と呼ばれるかもしれない。


「そうしたら、代わりに萱沼さんへの仕事になったの」

「なぜ、私に来たんでしょうね?」

「それは、もう一人の出演者、その彼女に負けていないという理由でしょうね」

「負けてない?」

「そう。武智さんに話が来たのも、それが理由でしょう」


 俺や梨奈さんが負けていない。

 つまり、共演者も超絶美人ということかっ!

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