第26話

 結局、のぞみちゃんの父親は土曜日に来た。

 かなりの美少女の父らしく、外見はなかなかの美形のイケオジである。

 そんな彼に、社長を始めとする上層部が手厚い対応をしていたのが珍しかった。


 俺たちも全員で挨拶させてもらったが、特筆することは何も無し。

 事務所ビルで上層部に接待され、漸く六期生の出番近くに満員のライブハウスに来ると愛娘のステージだけを見て即行帰っていった。


 やはり、大企業のトップともなるといろいろ忙しいらしい。



 +++



 そして、日曜日。

 ステージの方は流石に四回目なので、問題無く終える。

 段々と上達しているとは思うが、慣れすぎると失敗しそうなので油断は禁物である。

 そう、統括マネージャーの種山さんやリーダーの紫苑さんが力説していた。


 ミニライブ終了後の握手会の方が、問題が出そうである。

 列の長さという格差が目に見えるからだ。


 先週と同じく満員だったライブハウスに、握手会会場を設営するとあっという間に格差が露呈する。

 相変わらず俺の列が一番長く、二番目はのぞみちゃん。

 短いメンバーは十人程度で直ぐに握手会を終える中、俺は続々と来るファンと握手を繰り返す。


「美久里ちゃん、頑張ってくださいっ!」

「はいっ! ありがとうございます。応援お願いしますね♪」


「応援してます。人気投票でも票入れますね」

「ありがとうございます。でも、無理はしないでくださいね♪」


 中にはカッコイイ人や女性もいるが、主力は少々魅力が乏しく思える男性たちである。

 転生前の俺を思い出させるような彼らと、愛嬌を振り撒きつつ握手を重ねていった。


「はい。終了です」


 そんなファンたちと三桁は握手したぐらいの時、とある女の子が現れた。


「美久里ちゃん♪」

「はいっ!♪」


 俺の前に立つその子は、中学生ぐらいのかなりの美少女である。

 六期生でいうと、智映ちゃんみたいな子だ。


「応援してます。がんばってくださいね♪」

「ありがとう♪ これからもよろしくね」


 相手が美少女ということで、握手した小さく可愛い片手を両手で包む。

 お互いににっこりと笑い合い、辺りにホンワカした空気が流れた。


「……は、はいっ! 終了ですっ!」


 残念だが握手会である以上、美少女と接触できる時間は短い。

 普段よりは長い時間ではあったが、名残惜しく彼女の小さい手をニギニギして両手を離した。


「次の方、どうぞ」

「……美久里ちゃんっ! 例大祭でファンになりました」

「ありがとうございます。先週も来てくださいましたよね?」

「は、はいっ! 覚えていてくれて、嬉しいです」


 神様から貰った記憶力チートで、人の顔も覚えている。

 俺は歌詞にダンスと台本を覚えるつもりで要望したが、こういうことでも役に立っている。


「人気投票も、たくさん投票しますっ!」

「はい♪ ぜひ、お願いしますね♪」

「はい。終了です」

「は、早いな~。……また来ますっ!」

「はい。待ってます♪」


 俺に堕ちたファンが、表情を蕩けさせながらブースから出て行く。

 ああいった感じのファンを大量に作らねば、人気投票で上位にはいけないんだろう。



 +++



「松園さん。私のブースにとても可愛い子が来てました」


 握手会が終わり控室に戻ると、丁度その場に居たサブマネージャーに話し掛ける。


「ああ、自分もそう思ってスカウトに話したら、知ってる子だったようで」

「知ってる子?」

「ええ。なんでも──」


 松園さん曰く、ここではなく、もっと大規模な握手会の時にスカウト経験がある子だったようだ。

 もちろん、俺も知らないということは、そのスカウトは失敗したということでもある。


「内川さん推しの子みたいですよ」

「なるほど。だから大きな握手会の時なんですね。年齢からして、知実さんがミニライブに出てた時は来てないでしょうし」

「あの子。下の名が柚葉とか言うらしいんですけど、中学一年生らしくて、妹枠で何度もスカウトしたみたいですね」

「確かに、妹枠にピッタリな女の子でした」

「はい。スカウトできていたら関口さんとのW妹枠という売りが、六期生に出来ていたんですけど」


 そう考えるともったいない話である。

 かなりの美少女ということは、のぞみちゃんクラスということでシュス・ソーラの人気に寄与したことであろう。

 まぁ、俺が超絶美少女だからそう思うだけで、智映ちゃんとかは強力なライバルだと考えるかもしれない。


「やっぱり、アイドルとなることに興味が無い、可愛い女の子も多いんですね」

「……例え本人が乗り気でも、親が反対することも多いですから」

「そうなんですね」

「あの子は、親、特に父親が反対して無理だったとか」

「それは残念……」


 乃莉子さんみたいに、俺や梨奈さんに匹敵する美少女がまだ世間にはいるだろう。

 ぜひ芸能人になって俺の前に現れて欲しいとか思っていると、のぞみちゃんが話し掛けてきた。


「美久里ちゃん。そんなに可愛かったの?」

「可愛かった。智映ちゃんと、充分競えるぐらいはね」

「智映と、ですか……」


 知らないうちに近付いてきていた智映ちゃんが、ボソッと呟く。

 のぞみちゃんもだが、何だか二人が不満そうだ。

 見知らぬ美少女の話をたくさんしたから、焼き餅でも焼いたんだろうか。

 それはそれで、嬉しい気もする。


「まぁ、知実さん推しらしいから今回が特別だろうね」

「内川さんが参加する握手会ですと、そちらに行きそうですか」

「ところで、そろそろ着替えませんか? 美久里さん」


 そう言えば、まだアイドル衣装のままだった。


「そうだった。ありがとう、智映ちゃん」


 のぞみちゃんも着替え終わっていたので、急いでアイドルから中学生に戻る。

 後は種山さんが来たら、少し話があって解散だろう。

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