第25話
初のミニライブを終えた次の日、昼過ぎから事務所で反省会を行う。
まぁ、そこまで大したことは言われない。
今週は六期生専用曲の練習をメインにし、歌もダンスもレベルを上げようというだけだ。
他に、以前シュステーマ・ソーラーレが発表した曲の中から、一曲を選んで練習を始めるというのもある。
これは八人で歌えるように調整された曲が有ったので、みんなで相談した結果、その曲になった。
もちろん、体力養成やボイトレなども有り、夏季休暇ということもあってレッスン漬けの毎日である。
俺の場合、ボイトレは免除されているが代わりに体力養成の時間を増やされているため、地獄の日々でもある。
+++
今週は愛称持ちの上位メンバーがコンサート等で地方に行っているため、事務所の中は普段より静かである。
「残り少ない夏休みが、レッスンで消えていく~」
「宿題をやる時間がありません……」
「時間があっても、レッスン後にやる気力なんて残ってないですよ」
二回目のミニライブ、つまり次の週末が夏休み最後の土日でもある。
それを過ぎると、水曜に九月になって新学期が始まる。
それまでに、何とか夏休みの宿題を終わらせないといけない。
俺は最後の手段として兄三人に甘えるつもりだが。
「やっぱり、簡単に仕事は来ませんね」
「五期生の先輩に聞いたけど、ミニライブとシュスソーラの総合コンサートくらいしかなかったって」
「後はサイン会ぐらい?」
本日金曜日のレッスンが全て終わった後、休憩室で同期生たちと疲労回復がてら話し込む。
今後のアイドル活動が気になるようで、その辺りの話が中心だ。
「梨奈ちゃんは、早めにCMの仕事がきたらしいけど」
「そりゃ、あの可愛さですから」
「六期生だと、萱沼さんかな?」
「美久里ちゃん、何か話来てる?」
やはり、個人の活動も気になるようである。
当然、俺たちの中で一番握手会の列が長かった俺が最初の可能性が高い。
「まだデビューして半月も経ってないですよ? 残念ながらそんな話はありません」
「美久里さんがまだなら、智映なんていつになるんだろ?」
最年少の智映ちゃんが、シュンとした感じで呟く。
「智映には武器があるじゃん。六期生の中で早めに仕事来そう~」
「武器ってなんですか? 金谷さん」
「わかってるくせに~」
揶揄うような感じの友菜さんに、智映ちゃんは少し頬を膨らませる。
彼女の武器は、その小さい背丈からくるロリっぽさだろう。
「個人の仕事の前に、週末のミニライブを成功させようね」
ここで紫苑さんが話題を変える。
確かに、まだ三回目と四回目だ。
まだまだ、緊張してしまうメンバーがほとんどだろう。
「……練習し始めた新しい曲は、披露しないんですよね?」
「流石にね。ヘキサグラムオクタゴンだけって聞いてるよ」
「曲名には文句が言いたい」
「のぞみたち六期生の曲だとは、わかりやすいと思いますけど」
俺も、この曲名はどうかなと思う。
のぞみちゃんの言う通り、六期生八人の曲と判別し易いけど。
「今更ね」
「あぁ~。学校で笑われそうで、二学期が来て欲しくないです」
「とはいえ、このレッスン漬けが続くのもね」
「それは、勘弁して欲しいかな」
みんな、レッスン漬けの毎日に大分疲労しているようだ。
俺も、この地獄の日々を脱け出せる新学期を待ち侘びている気持ちがある。
去年までだったら、永遠に夏休みが続けと思っていたが。
「二学期……。アイドルになったことを、どう言われるか不安です……」
「それもあるわね……」
守秘義務が有ったので、オーディションを受けたことも家族以外には知られていない。
のぞみちゃんは乃莉子さんに知られていたけど、梨奈さんファンの彼女なら問題無いか。
「知実さんとか梨奈さんのサインを貰ってきて、とか言われそう」
「……ありえますね」
確かにあり得そうだが、俺だと大丈夫なような気もする。
一応、学校のアイドル・マドンナとして君臨しているから、男子からは必要関連以外だと告白の時ぐらいしか話し掛けてこない。
それも断りまくっているせいか、中学二年になって告白されたのは勇気ある一年生からの一回だけだ。
女子からは微妙な扱いである。
学校ではそれなりに話す子もいるが、放課後の付き合いとかはレッスンで時間が取れないので基本無しである。
「メンバー内でサインは禁止されているのを説明しても、納得してくれるかどうか」
「それは……。説明するしかないね」
グループの総人数が多い分、頼まれるサインの数も多くなる。
以前、それで揉めたことがあって禁止になったと説明された。
まぁ、集中する人の負担が多かっただろうから、これは良かったかも。
禁止じゃなかったら、俺がサイン量産で苦労してる光景が目に浮かぶし。
「ふぅ……。さて、そろそろ帰りましょうか」
「ですね。明日は忙しいでしょうし」
「そう言えば、明日明後日に家族が来る人はいるの?」
紫苑さんの質問に、手を上げたのはのぞみちゃんだけだった。
「土日のどちらかに、父が来ると聞いています」
「七澤さんのお父様って、七澤ホールディングスの代表取締役社長だったよね」
「はい」
「……そう考えてみると、個人の仕事が最初に来るのは、のぞみちゃん?」
茉美さんの言葉に、のぞみちゃんへ視線が集中する。
「そ、それは無いと思います。父は口を出さないと言ってましたし」
「でも、下の人が忖度しそうな気が……」
「確かに~」
解散する流れが中断され、会話が続く雰囲気となる。
「関係者席に来るんですよね? 挨拶して好印象を与えておけば仕事が来るかもしれませんよ」
もう帰る気分になっていた俺だが、諦めて会話に参加する。
「美久里なら、のぞみとコンビで使ってもらえるかも」
「そこは、六期生全員で使ってもらいましょうよ。紗綾香さん」
「……このままだと終わりが見えないわね。本当に帰りましょう」
「は~い」
「もう、こんな時間。電車一本遅らせないと」
目的だった疲労回復も終わっている。
全員がほぼ同時に立ち上がり、休憩室から廊下へと出て行った。
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