第23話
『ヘキサグラム×オクタゴン』
日本語に訳せば、六芒星と八角形。
ぶっちゃけた話、曲名と歌詞の内容に関連性は無い。
ただ、六期生八人の六と八という数字に合わせただけである。
俺たちの専用曲として分かりやすいという理由だけで、統括マネージャーが付けた。
彼女の名付けセンスには期待しないほうが良いと、六期生全員が思いを同じにしたとか。
+++
まずは、最初のフォーメーションの位置に移動する。
上から見たら、頂点を欠いたV字の形だ。
一列に四人が並び、その先頭に立つのが俺、
俺の後ろには
のぞみちゃんの列には
その状態で数秒待つともはや聞き慣れたイントロが流れ始め、観客たちのボルテージも上がる。
関係者席の兄三人も盛り上がっているのが目に入り、その騒ぎ方に共感性羞恥心が湧いてきた。
とはいえ、それに構っている暇は無い。
直ぐに、俺とのぞみちゃんのデュエットするパートで始まるのだ。
チラッと彼女の方を見ると、視線が合う。
緊張した顔を見せるのぞみちゃんに優しく微笑みを浮かべて軽く頷き返すと、右手のマイクを口に寄せてアイドルとして初めて歌い始めた。
+++
ざっと、五分弱。
特に問題無く、初めてのステージで歌い切った。
まぁ、厳密に見ればいろいろと粗も有っただろうが最初だから気にしない。
客席を埋め尽くしたファンたちも、白けずに大きな声を出しているのだから成功と言えるだろう。
「はぁはぁ。……六期生の初めての曲披露でした。お聞きいただきありがとうございました」
「「「ありがとうございましたっ!」」」
最後は横一列に並び、紫苑さんの挨拶の後に頭を下げる。
「よかったぁぁぁ!!」
「美久里ちゃんっ! 歌、上手過ぎぃぃぃ!!!」
「ダンス、凄かったよっ!! 佐起子ちゃぁん!!」
歓声の多さと大きさに、頭を上げた仲間の顔に喜びの表情が見える。
六期生一人ひとりにメインとなる所がある曲だから、関係者席の家族たちも満足できただろう。
「ありがとうぅ!! ……それでは、私たち六期生の出番は終わりですが、先輩方のステージをお楽しみください♪」
「また、来てくださいね♪ ありがとう」
「明日もよろしくっ!! さようならぁ♪」
満員の会場に向けて同期生が手を振る中、俺も愛嬌を込めて両手を可愛く振る。
「ええぇぇぇ!!」
「もっと、聞きたいっ!!」
「のぞみちゃ~ん!!」
残念がる声を浴びつつ、俺たち六期生は手を振りながら舞台袖に消えていった。
+++
「お疲れさま。みんな」
舞台裏に戻った俺たちを、種山さんが
「ありがとうございます」
「私たちのステージ、どうでしたか? 種山さん」
「初めてとしては、上々よ」
「そうですか。良かった~」
安心したような俺たちを、潤んだ目で見つめる統括マネに親近感が湧く。
「それじゃ、後はエンディングね。それまでは控室で休んでてもいいし、ステージを舞台袖で見学してもいいわ」
「わかりました。どうしようかな」
「智映は疲れたので、休憩してきます」
「私も休憩組です」
山場を越え緊張感が薄れたせいか、疲労感を漂わせる同期生が多い。
俺はどうしようかと思っていると、ステージに出ていない先輩二人が近付いてきた。
「紫苑、お疲れさま。ライブ、良かったよ」
「そう? 嬉しい~」
「松延さん。おめでとう」
「ありがとう」
それぞれ、紫苑さんと紗綾香さんに話し掛けている。
おそろく、養成所での知り合いなんだろう。
「私も控室に行こうかな。のぞみちゃんはどうするの?」
「のぞみも、美久里ちゃんと一緒です」
「そうなの? じゃ、行こうか」
特に愛称無しメンバーに知り合いがいない俺は、控室で身体を休ませることにする。
のぞみちゃんも付き合ってくれるらしく、肩を並べて控室に向かった。
+++
「良かったぞ。美久里」
「本当にアイドルになったのね」
ミニライブが終わって解散となり、俺は父親の運転する車で家族と帰宅途中だ。
車内では俺のアイドルとしての初仕事の話ばかりで、何だか面映ゆい。
「大学で自慢できるぞ」
「じゃ、俺は会社でだな」
「俺も会社で布教してみるか」
社会人・社会人・大学生の兄たちが、興奮したように言葉を交わしている。
「明日は握手会か」
「握手会は私じゃなく、他の人の列に並んで欲しいな」
やっぱり、アイドルとして家族と握手なんて考えると変な気分になる。
「何だ、恥ずかしいのか?」
「まぁ、それもあるけど、列の短い同期生がいると微妙な空気になりそうで」
「自分の列は長いと?」
「……正直、自信ある」
そりゃ、この可愛さで歌も上手く踊りも出来るとくれば推してくれる人も多いだろう。
対抗できるのは、大企業グループご令嬢ののぞみちゃんぐらいと判断している。
「……まぁ、リーダーの大和田さんだっけ? 彼女の列に並んで娘をよろしくというのもありか」
「でしたら、私は副リーダーの……」
「松延って、子だな」
「じゃ、俺はのぞみちゃんで」
「おい。ずるいぞ」
「はははっ」
自宅に近付く車内に、笑い声が満ちる。
こうして、本格的にアイドルとして活動し出した記念日の土曜日は終わっていった。
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