内川 知実 2

「はぁ……。やっぱり、ダメだったかぁ……」


 溜め息と共に発した言葉が、浴室に響く。

 疲労を溶かすよう、ぬるめの湯舟に浸かりながら今日の例大祭を思い出していた。


「顔と歌に、踊りが強過ぎる……」


 去年の例大祭は、私にとって歓喜の一日だった。

 しかし、終わって未だ半日経っていない今年の例大祭は屈辱の日になってしまった。


「あれだけ、頑張ったのにな」


 警戒していた最大のライバルである、武智たけち 梨奈りなに人気投票一位を奪われてしまった。

 まぁ、エゴサーチである程度は覚悟していた。

 だが、実際にそうなると心が沈む。


「何が足りなかったんだろう……」


 彼女が頑としてやらない女優の仕事を、オーバーワーク気味に入れた。

 番宣とかでバラエティ番組にも多数出演し、テレビで相当顔を売ったはずだ。


 それでも梨奈にあと一歩、及ばなかった。

 私と三位の投票数の差よりも、一位との差は僅少だったが負ければ意味は無い。


「今年でダメなら、来年も……」


 よほどショックだったのか、自分でも驚くほど独り言が止まらない。


 シュステーマ・ソーラーレの人気は、右肩上がりだ。

 エースが私から梨奈に代わって、その傾向が加速するというのが事務所の予想らしい。


 だったら、私と彼女の差も拡大するとしか思えない。

 増して、他にもライバル候補はいるのだから、来年はどうなるのか。


「……萱沼かやぬま 美久里みくり


 私より三期下で、年齢も三歳下の新人。

 まず、顔が良い。

 梨奈に匹敵する、つまり私より上となる美少女。

 各トレーナーに確認したところ、歌や踊りも梨奈クラスという化け物新人。

 最近、さわりだけ始まった演技関連のトレーニングも評価が高いという話が耳に入ってくる。

 唯一の欠点が体力と持久力が無いこと。

 だけど、それも時間が解決してくれるだろう。

 私もそうだったし。


「もしかして、二位もヤバい?」


 浴槽の縁に頭を乗せ、天井を見つつボソッと呟く。

 無意識に言葉に出した内容が、反響して耳に入りボーとした頭に刺激を与えてくる。


「……え? うそ? 一位を獲り返すどころじゃない?」


 漠然とした不安が増してくる。

 彼女の笑顔を思い浮かべると、そうなっても全然おかしくないかもしれない。


「…………。……いや、ちょっと待って」


 今年の梨奈と来年の萱沼 美久里とでは、かなり立ち位置が違う。

 梨奈には梨奈という存在がいなかったが、萱沼 美久里にはエースの梨奈が重しになるはずだ。


「それどころか、ファン層が競合するかも……」


 二人の類稀たぐいまれな美少女。

 性格は違うが、歌手を主戦場にするのならファンの奪い合いになるかもしれない。

 梨奈は女優の仕事はしないだろうし、一年目の萱沼 美久里に演技関連の仕事のオファーは、有っても少ないだろう。


「私もそうだったし、ね」


 つまり、私の強みは女優業だ。

 他にバラエティ番組という線もある。

 あの二人が、バラエティ番組に数多く出るというのも想像できない。


「ということは……。これまでの方向性を強化する方向しか、ない?」


 それで、今年の人気投票は負けてしまった。

 でも、それぐらいしか私には思い付かない。


「……んっ! これから一年、もっと頑張るっ!」


 ぬるめのお湯の中で、拳を握って決意する。

 もっと仕事を取り、テレビに出て顔を売ろう。


 まだ、私は十七歳。

 このまま、敗北者で終わるつもりはない。

 少なくとも、一年間はシュス・ソーラのエースを張ったのだ。

 その実績とプライドに賭けて、来年はトップを奪い返すっ!

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