第19話

「お待たせしましたね」

「は、はいっ!!」

「大丈夫。落ち着いてください。まだ時間は充分に残っていますから」


「この子も、可愛いぃ!!」

「妹に欲しいぃ!!」


 身長が百五十もなく小学生に見える智映ちゃんは、期待の妹枠兼ロリ担当である。

 そんな彼女に、のぞみちゃんと俺の後は荷が重かったようだ。


「それでは、自己紹介をお願いしますね」

「は、はいぃ!! えぇ……」


 ここで智映ちゃんの声が出なくなる。

 どうやら、緊張でパニックに陥った可能性が高い。


「大丈夫ですよ。ゆっくりと話しましょう」

「そうです。初めてなのですから、緊張して当たり前です」


 詰まった彼女を見て、MCたちがフォローに走る。

 だが、それが逆に智映ちゃんを追い込んだようだ。


「え~。……あぁ」


 パニクる彼女に、困ったような表情を微かに見せるMCの二人。

 何事かと、ざわざわとしだす客席のファンたち。

 ここは隣の俺が動いて、状況を動かしたほうが良さそうだ。


「……智映ちゃん」

「んっ……。か、萱沼さん……」


 マイクを両手で握り締めている彼女に笑顔で話し掛ける。

 そして少し近付くと硬く強張っていた両手をほどき、その小さな片手と俺の手を繋いだ。


「大丈夫だから。もう少し、頑張ろ?」

「……うん」


 智映ちゃんを落ち着かせるよう、手は繋いだままだ。

 ギュッと俺の手を強く握った彼女は、深呼吸すると自己紹介を始める。


「……ふぅ。し、失礼しましたっ! ……関口 智映。十二歳。中学一年生ですっ!」


 まだ、声が震えていて声の強弱も怪しいが、最初の自己紹介はクリアできた。

 その間も手を繋いでいる俺たちに、観客から「尊い」とか「てぇてぇ」とか聞こえてくる。

 想定外に百合営業みたいな感じになった。

 それでも俺は、この固く結ばれた手を離さない。

 美少女と触れ合うチャンスは、絶対に逃さないのだ。


「──はい。ありがとうございました。六期生最年少の関口 智映でした」

「いやぁ、頑張ってくださいました。みなさん、拍手~」


 そんなことや智映ちゃんの手柔らかいなとか考えていると、万来の拍手で彼女の挨拶が終わったことを知る。


「これで、本日デビューの六期生による挨拶は終了です」

「新たなアイドルの誕生に、大きな拍手を~」


 続く拍手に、横一列に並んだ俺たちは頭を下げる。

 もちろん、智映ちゃんとは手を繋いだままで。


「ありがとうございます。では、人気投票結果発表の続きと行きましょうか」

「はいっ! それでは、六期生のみなさんはあちらへどうぞ」


 その言葉で紫苑さんを先頭に、入ってきた方とは逆の舞台袖に退場する。

 智映ちゃんと一緒に付いていこうとすると、のぞみちゃんが少し膨れたような表情を見せて立ち止まっていた。


「のぞみちゃん?」


 小さな声で問い掛けると、彼女は無言で空いていた俺の手に自分の掌を重ねる。

 それを見た客席のファンが一段と騒ぎ出した。


「もう……。行くよ、二人とも」

「うん。美久里ちゃん」

「はい」


 こうして、俺はのぞみちゃんと智映ちゃんという両手に花状態でステージから姿を消した。



 +++



「やっと、終わったわ」

「緊張しました……」


 舞台袖から舞台裏に場所を変えると、たまらずといった感じで紗綾香さんと佐起子さんが口を開いた。

 今後の出番は最後に顔を出し、笑顔で手を振るだけなので気持ちはわかる。


「七澤さん。やり過ぎですよ」


 俺を真ん中に三人で手を繋いでいると、ここで種山さんがお叱りが入る。


「美久里ちゃんも、智映さんと手を繋いでましたが」

「アレは励ます行為でしょ? でも、あなたのは違うでしょ?」

「まあまあ、早智子さん。ファンの人たちも盛り上がってましたし」


 紫苑さんが、間に入るように参加してくる。


「大丈夫だった? 智映ちゃん」

「あ、頭が真っ白になっちゃって……」

「茉美も、危なかったね~」


 智映ちゃんに話し掛ける茉美さんに、友菜さんが揶揄うように話し掛ける。

 緊張から解かれて、至る所で会話が発生していた。


「六期生たちっ!」

「しゃ、社長!」


 少々騒がしくなった舞台裏に、社長が現れた。


「いろいろあったが、まぁ、無事終わって良かった」

「は、はい。すみません……」

「最初だから大目に見るが、次は頼むぞ。種山くんもな」

「かしこまりました。社長」


 流石に初めてスポットライトを浴びた直後だったからか、そこまでの苦言は無かった。


「後、エンディングで出て貰うから、気を抜かないように」

「はいっ!!」

「もちろん、わかってますよ」

「そうか。それじゃ、暫く休憩してくれ。……後は頼むぞ。種山くん、松園くん」


 二人のマネージャーが返事するのを聞きつつ、モニターに目をやる。

 この間も、人気投票の結果発表は着実に進んでいるのだ。


『……それでは、第四回シュステーマ・ソーラーレ例大祭、人気投票第十八位は!?』

『第十八位は!?』

『……一期生、ハウメアこと、東山 加絵さんです!』


「……東山さんか」

「愛称が代わるとはいえ、継続ですね……」


 ここで前回十四位となり、愛称が付く順位ギリギリだった東山 加絵の名前が呼ばれた。

 周りのみんなの反応でわかるように、正直好感を持てない先輩である。

 彼女が五期生や俺たちを敵視して態度が悪いから、自業自得だが。


「新グループが無ければ、愛称無くなったのに……」

「引退も遠くなったわね」

「……新しい総リーダーに期待しましょう」


 シュステーマ・ソーラーレの雰囲気を悪くする人物だが、俺たちにはどうしようもない。

 そこは、プロダクション上層部に頑張って欲しいところだ。



 +++



 人気投票は着々と進み、遂に最後の二人となった。

 世間の予想通り、まだ名前を呼ばれていないメンバーは二人。


 三期生の内川 知実(十七歳)と五期生の武智 梨奈(十五歳)である。

 昨年の一位と、初めて人気投票に参加したエース候補。

 どちらが勝つか、興味深い。


「どっちが上かな~」

「実績の内川さんか……」

「可愛くて歌も上手い梨奈さんか」

「難しいですね」


 六期生の中でも、予想は分かれている。

 俺は、より美少女な武智 梨奈派だ。


『さて、第四回シュステーマ・ソーラーレ例大祭、人気投票も終わりが見えてまいりましたっ!』

『残りは二位と一位。ソールかテッラの分かれ道です』

『それでは発表と参りましょうっ!』


 MCたちの言葉に、一段と会場が湧き立つ。

 この舞台裏でも、俺たちや裏方のスタッフたちで興奮するような雰囲気が作られた。

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