第16話

 そして、遂に六期生のデビューの日でもある、今年の例大祭を迎えた。


 今年は去年とは違う、より広い会場での開催である。

 最大二千人が座れる会場に、関係者にマスコミ等を考えると一般席は千四百人分となった。


 抽選で販売したところ、ぶっ飛んだとんでもない倍率になったらしい。

 これも梨奈さん効果のおかげと、お盆という開催時期もあるだろう。

 上層部はもっと大きな箱を押さえるべきだったと悔やんでいたという、六期生統括マネージャーの種山さん情報だ。


 予定では開演が十四時で、終了は十六時から十七時の間。

 開場は十三時からだが、俺たちは午前早くから会場に集合している。


「いよいよ、ね。みんな、落ち着いてねっ!?」

「紫苑さんも、テンパっているよ~」

「あ、ははっ……」


 緊張して口数が少ない仲間を励まそうとして、紫苑さんも緊張を馬脚する。

 友菜さんはまだマシな方だが、茉美さんの笑いは固い。


「き、緊張で胃が痛い……」

「佐起子さん。リラックスリラックス。私たちは台本通り、やればいいだけだから」

「美久里ちゃんは……、余裕そうね」


 これも神様チートのおかげであろう。

 前世の男時代だったら声も足も震えていただろうけど、度胸とかも強化されているようだ。


「そう見えます? 流石に普段とは違うと思いますけど」

「そうは見えない。でも、一人だけでも緊張してない人がいるのを見ると、少しは楽になれそう」

「いざとなったらよろしくね。美久里」


 他の六期生メンバーから、期待を持った目で見られる。

 それにどう答えようかと考えていると、控室のドアがノックされて開けられた。


「……おはよう。どう、調子は?」

「さ、早智子さん。……も、もう、緊張しまくってます」


 本日、初めて会う統括マネに紫苑さんが噛みながら代表して答える。


「まぁ、緊張するのは当たり前だけど、今からだと最後まで持たないわよ」

「そんなこと、言われても」

「緊張は自分では、解けませんし」

「……それじゃ、早いけど一回リハしてみる? 少しは落ち着くかもしれないからね」


 苦笑した早智子さんは、そう提案する。

 確かにここで待機しているだけでは、俺を除く同期生の緊張が増していくばかりだ。


「そうですね。いきなり通しでリハされるのも、キツいですから」

「……萱沼さんは、緊張していないようね」

「いや、流石に少しは緊張していますよ。他の人よりマシなだけで」


 統括マネにも、緊張していないことを見抜かれる。

 実際、その通りだからどうしようもないが。


「それより、試しにリハしてみましょうよ」

「……そうね。設営スタッフにステージがどんな状態か、確認してくるわ」


 そう言って、早智子さんは控室から出て行く。

 まだ、開場まで長いから、ステージの様子がいまいち想像できなかった。



 +++



 午前中に俺たちと手が空いていたスタッフで、六期生関連だけのリハのリハを行ってから早めの昼食を済ます。


 正午近くになると正規メンバーが集まり出し、せっかく薄れた緊張感が再び同期生の顔に浮かぶ。

 もっとも、五期生以上のアイドルたちも表情に緊張感を出した人が多い。


「美久里ちゃん。先輩のみなさんも、緊張しているようですね」

「人気投票の結果も出るから、自信がある人以外は仕方ないと思うよ。のぞみちゃん」


 現状、俺と一番親しいヒロインであるのぞみちゃんと話す。

 超お嬢様でもある彼女は上流階級との付き合いも多いためか、緊張の度合は他の同期より少ないようだ。


「……それでは、みなさん。頭から最終リハーサルを行いますので、舞台裏まで移動をお願いします」


 控室に来た二十代後半ぐらいの男性が、俺たち六期生に指示する。


「わ、わかりました。松園さん」

「リハーサルですから、そこまで緊張しなくても」

「そ、そう、言われても……」

「今日は、あくまで紹介と挨拶だけです。来場のファンたちの注目も現メンバーに向いてますから」


 紫苑さんと会話をしている彼の名前は『松園まつぞの 匡章まさあき

 六期生担当のサブマネージャーである。


 と言っても、今は専属ではない。

 もっと俺たちが仕事で忙しくなるまでは、臨時で他のメンバーたちに付くことも多々あるようだ。


「よしっ! それでは、行きますか」

「……本当に、萱沼さんは強心臓ですね……」


 俺の気合を入れた言葉に、少し顔色が悪い六期生最年少の智映ちゃんがボソッと呟く。


「それ、褒め言葉になるのかな? まぁ、いいや。さぁ、行こう」

「あっ……。は、はい……」


 どさくさに紛れて、智映ちゃんの手を掴んで歩き出す。

 六期生の妹枠でロリ担当の彼女の手は、小さくて可愛かった。



 +++



 最終リハーサルは、実際に歌を歌うことが無いので早く終わる。

 これが終わると、後は衣装に着替えて例大祭を待つだけだ。


 着替える前に多数の美少女たちで混み合うトイレを済ませると、六期生の控室に戻る。

 そこにはシュステーマ・ソーラーレ共通で基本となる衣装が既に用意され、俺たちに着られるのを今か今かと待っていた。


「いや~。とうとう、着れるのか~」

「友菜。この前、着たでしょ」

「あれは試着だし~。着て、人前に出るのは初めてでしょ」


 友菜さんと佐起子さんの会話を聞きつつ、並んだアイドル衣装を眺める。

 フリル多めの白を基調とした、ある意味、シュス・ソーラの制服だ。

 各所に各々のイメージカラーが散りばめられ、胸元や襟に六期生を意味する六つの星が金色に輝いている。


 イメージカラーは社長の独断で決まり、俺はレッドである。

 間違いなく社長は、俺を六期生のエースに望んでいるんだろう。

 ちなみに、のぞみちゃんはピンクで紫苑さんがブルーだ。


 期生ごとの分け方のため、他の期生にも同じような色のメンバーが普通に居る。

 例として武智 梨奈がレッド、内川 知実がピンクのイメージカラーだ。

 一応、濃淡とか細かい違いがあるのでそこで区別できる。

 俺はピュアレッド、梨奈さんがリッチレッドと説明された。


「さぁ、さっさと着替えて。終わった人からメイクや髪を整えていくからね」

「わかりました」

「早く着替えないと」


 所詮は今日デビューする新人。

 メイクさんたちの数も少ない。

 まぁ、俺たちの出番は中盤だから、最初から出演する現メンバーが優先なのは当然である。


「それじゃ、着替えようか」

「そうですね。美久里ちゃん」


 美少女たちの着替え姿を盗み見しながら、俺も着替え始める。

 新人とはいえ、アイドルたちの着替え模様を鑑賞できるのは最高だね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る