第12話

 七月に入って最初の日曜日。

 そろそろデビューの話が出てきそうで、みんながピリピリし始めている。


「おはようございます」

「おはよう。今日も頑張ろうね」

「お、おはよう、ございます」

「……おはよう」


 事務所に到着し練習着に着替えた後、六期生候補の練習生がレッスン前に集まっている休憩室に顔を出す。

 今日は、私より先に来ていたのは三人だった。


 誰よりも早く来る大和田 紫苑さんに、市原 茉美さんと松延まつのべ 紗綾香さやかさん。


 高一の紗綾香さんは、六期生の中では男装が似合いそうで女の子の人気を集めそうな感じの、なかなかの美少女である。

 男性より女性の人気を得たい俺は、勝手にライバル視していてあまり親しくはしていない。

 俺は王子様系より、お姫様系の女の子が好きなのだ。

 彼女もそれを感じているようで、デビューが決まるかどうかもあり、何となく距離を感じる挨拶だった。


 茉美さんは一時期の不調を脱して、元気を取り戻しつつある。

 事務所の社員や六期生リーダー格の紫苑さんが、頑張ってくれたのであろう。

 具体的にどうしたかは、聞いてもいないし教えてもらってもいないが。

 まぁ、これでデビュー無理ともなれば彼女がどうなるか想像もしたくないので、多分デビューできるだろう。


 で、一番デビューが怪しかった茉美さんが大丈夫なら、他のみんなも問題ないだろうと考えている。

 このまま六期生は八人体制になると予想しているが、他の七人はどう思っているかわからない。


「おっは~」

「おはようございますっ!」

「おはようございます」


 俺の次に入ってきたのは、金谷かなや 友菜ゆうなさん。

 続いて、関口せきぐち 智映ちえちゃんと古澤ふるさわ 佐起子さきこさんが入室してきた。


 これで、のぞみちゃん以外の七人が勢揃いである。

 おはようと挨拶を返しながら、時間には厳格なのぞみちゃんがまだ現れてないことが気になった。



 +++



 佐起子さんたちが休憩室に入って三分も経たない内に、ノックの音とドアの鍵が解錠される音が連続して聞こえる。

 その後にドアが開かれると、そこには総務の山本さんが立っていた。


「……揃ってますね。レッスンの前に社長がお呼びです」

「や、山本さん。まだ、七澤さんが来ていないのですが……」

「彼女は家庭の事情で本日はお休みとの連絡を頂いています。……それでは行きましょう」


 山本さんに先導されて俺たち七人は練習室から退室し、ff・フォルテシモの社長室に向かう。

 その間、誰の間にも会話が無かった。

 みんな、アイドルデビューに関しての合格か不合格かの話だと理解していたのだろう。



 +++



 目的の社長室は一階の一番奥にある。

 社長室なら最上階にあるような気もするが、うちの社長はフットワークが軽いという話で、一々上り下りするのが面倒なのだろうと誰かから聞いた記憶がある。


 コンコンコン


『……どうぞ』


 山本さんが高そうな立派な扉をノックすると、中から落ち着いた渋い声が聞こえる。


「失礼いたします。六期練習生の七人をお連れしました」

「ああ、ありがとう」


 紫苑さんを先頭に、学年順に入室する。

 これは、以前に話し合ったことがあって、こんな時はこんな順番でいこうと決めてあったのだ。


「忙しいところすまないね。ここに並んでもらえるかな」

「「「はいっ!」」」


 そのまま、紫苑さんを一番奥という感じで立派な社長席の前に立ち並ぶ。

 俺は先頭から六人目で、後ろに智映ちゃん一人だけというポジションだ。

 本来なら前にのぞみちゃんが入るので、七人目になるが。


「さて……、この時期に、こんな呼び出しを受ける用件はわかっていると思うが──」


 社長室の隅の方に山本さんが控えると、社長は高級そうな椅子にふんぞり返って話し出す。

 年齢は五十近くだが外見は実年齢より若く見えるような社長に、その態度が似合っているか微妙である。

 重鎮を気取るなら、若作りはめて実年齢通りの外観のほうが良い気がするが。


 そんなことを考えているうちに話が進んでいき、遂に目的の言葉が発せられた。


「──ここにいない七澤 のぞみと君たち七人、全員が六期生としてデビューが決定した」

「……んっ!?」

「ほ、っ!?」

「本当ですかっ!? 社長!!」


 ザワッとした雰囲気に我慢し切れなかった数人が少し言葉に出してしまう。

 中でもリーダー格である紫苑さんが、思わず口走った感じで社長に確認の言葉を出してしまった。


「ははっ。当たり前だ。ここでそんな嘘を言わんよ。よく頑張ったな。大和田」

「しゃ、社長……」


 長い間、ここのプロダクション付属養成所で苦労してきたらしい彼女は感慨もひとしおのようである。

 念願のアイドルデビューに、目尻に少し涙を浮かべて社長と呼ぶ声にも震えを帯びていた。


「他の六人もよく頑張り努力した。正直、一人や二人は脱落すると思っていたが……」

「あっ……」


 社長の言葉に、思わずといった感じで声を出してしまった人が一人。

 みんなの注目を浴びてしまったのは、当然ながら茉美さんである。


「六期生が八人となったことを大変嬉しく思う。……だが」


 ここで社長は声のトーンを変え、一段と渋く低い声で俺たちの顔をぐるりと見回した。


「これはゴールではない。ようやくスタート地点に立ったのが君たちの現状だ」


 確かにそうである。

 まだ、六期生たちは何も成しえて得ない。

 横に並ぶ仲間たちからは、緊張したようなピリッとした雰囲気が漂う。

 まぁ、俺は神様チートで未来はバラ色だと考えていたが、空気を読んで真面目な顔をして社長の顔を見つめた。


「大変なこと。辛いこと。いろいろあるだろうが、これからも努力を忘れないでくれ」

「はいっ!」

「わかりました」

「頑張ります」


 みんなの返事を聞いて、社長は微かに笑顔を浮かべる。

 彼も新たな商材で、今後のビジネスに期待しているのだろう。

 例えば、俺とかのぞみちゃんとか。


「……では、山本くん」

「かしこまりました」


 部屋の隅に控えていたはずの山本さんが、気付くと社長室の扉の前にいる。

 その扉を開けると、室内に三十代ぐらいの女性が入ってきた。


「失礼いたします。社長」

「ああ。こちらに来てくれ」


 ここで気付いたが、入室してきた彼女はシュス・ソーラのマネージャーの一人である。

 確か一軍格の内部グループ『シュステーマ・ソーラーレ』で、サブマネージャーという感じの立ち位置だったような覚えがあった。


「知っている人もいると思うが、彼女は種山たねやま 早智子さちこ。六期生の統括マネージャーとなる」

「種山 早智子です。細かい自己紹介は後でね」

「彼女は来年の例大祭までの約一年強、六期生の専属として頑張ってもらう。君たちも何かあれば頼りにしてもらいたい」


 各自、返事をしつつ、種山さんに視線を送る。

 これから一年強の間、一番関わり合いが多くなるプロダクション側の人間となるので当然ともいえよう。


「では、私の話は終わりだ。……種山くん。後は任せた」

「かしこまりました。……みなさん、場所を変えましょう。……それでは、社長。失礼いたします」

「うむっ」


 大物っぽく深く頷く社長に全員で一礼して、社長室から退室する。

 後は、他の部屋で自己紹介をこなしてからレッスンに入るという感じであろうか。

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