第11話

「ストップッ!! ダメッ! ダメッ! 市原! また、一人だけ遅れてるっ!!」

「す、すみません……」


 六月に入り、梅雨が本格化したころ、来月のデビュー判断に向けてレッスンが一段と厳しくなった。

 鬱陶しい雨が続き、気分が落ち込んでいるところでこれはキツい。


「市原! このままだと、皆とデビューできなくなるぞ。それでもいいのか?」

「い、いえ……」

「なら、もっと気合入れろっ! ……じゃ、また最初からな」

「「「はいっ!!」」」

「はい……」


 今日はダンスレッスンだ。

 一緒に受けるメンバーだが私の他は、のぞみちゃんに大和田おおわだ 紫苑しおんさんと市原いちはら 茉美まみさん、みんなで四人である。


 ここで問題なのは、ダンストレーナーに怒られていた茉美さんである。

 最近、彼女が絶不調なのか精彩を欠いているのだ。


 今も茉美さんのせいで、レッスンが順調に進んでいない。

 こう、途中で止まることが多いと、なかなか私もレッスンに集中し切れない感じである。


 まだ、可愛い女の子好きな私と六期生候補リーダー格たる大和田 紫苑さんに、おっとりとしたのぞみちゃんだから空気は大丈夫だ。

 他の勝気な練習生だったら、険悪な雰囲気になってしまいそうである。


「市原!! また、遅れ気味だっ! 集中しろっ!」

「は、はいっ!」


 再び、トレーナーの怒声が練習室に響き渡る。

 なんか、あまり良い気分ではない。



 +++



「ふぅ……」

「おつかれさま。美久里ちゃん」

「のぞみちゃんも、おつかれ……」


 ダンスレッスンを終え、次のレッスンまで暫し休憩である。

 休憩室には、俺とのぞみちゃんの二人だけしかいない。

 紫苑さんはトレーナーと話したいことがあるらしく練習室に残り、茉美さんはトイレに行っている。


「ねぇ……。美久里ちゃん」

「……どうしたの?」

「……市原さんのこと、なんだけど……」


 のぞみちゃんも茉美さんが気になっているらしい。

 まぁ、一段と元気を失っている様子だから、無関心ではいられないのもわかる。


「う~ん。ホームシックがひどいのかな……」


 オーディション合格と高校進学に合わせて一人でこちらに出てきているという話だから、高校一年生には心身ともに負担は大きいと思う。

 コミュ能力もあまり無いようで、そんなに話をしていないはずの俺が、彼女と会話が多いと事務所内で考えられている有り様だ。


「なんとかできない、……かな?」

「……したいところだけど、実際、どうすればいいのか……」


 一応、前世を入れれば結構な年齢になるが、女子高生の悩み解消なんて難題である。

 ホームシックの解消方法なんて、一度実家に帰ってみたらというぐらいしか思いつかない。


「私たちで、元気づけるとか」


 のぞみちゃんは小さい声で、可愛い顔を少し曇らせている。

 俺だと可愛い子だから助力して好感度を上げたいとかの下心があるが、そんなものがない彼女は単純に優しい性格なのであろう。


「……具体的に、いい方法があればいいんだけど。のぞみちゃんは、どう?」

「……流石に、今すぐには思い付かないです……」


 自然と頭を寄せ合って小さい声で話し合っていると、ドアの方から鍵が開く音がする。

 そちらに視線を向けると、ドアを開けて入ってきたのは紫苑さんだった。


「あら、どうしたの? そんなにくっついて」


 彼女には俺たちの体勢が気になったようだ。

 のぞみちゃんは指摘されて、漸く気付いたのか慌てて俺から身を離す。


「いえ。……茉美さんのことを相談していたんです。ね? のぞみちゃん」

「は、はい。最近、元気が無さそうで、何とか元気づけられないかと」

「ああ。その件、ね……」


 紫苑さんは俺たちの対面に座り、持っていたペットボトルから一口飲むとこちらに視線を向ける。


「さっき、練習室に残ったのはその件なの」

「そうなのですか?」

「やっぱり、皆さん、気にしていたんですね」

「ええ。この件は私や社員の人たちで何とかするから、二人は普通にしていてくれる?」


 どうやら、上の方でも問題になっていたようで動いてくれるらしい。


「でも……」

「七澤さん。あなたや萱沼さんみたいな年下から気を使われるより、上から話をされたほうがいいと思うの」

「……確かに、そうかもしれませんね」

「そう。市原さんも高一。年上のプライドがあると思うのよ、萱沼さん」


 俺から見た茉美さんにはそんなものは無いような気もするが、自分の判断も信用できない。

 ここは紫苑さんの言葉通り、事務所に任せたほうがよいだろう。


「のぞみちゃん。経験もあるだろうし、社員の人のほうが上手にいくかも」

「そう、ですね……。お願いします。八人全員で六期生になりたいから……」

「もちろん。私も、みんなでデビューしたいと思っているからね」


 考えてみれば、茉美さんよりアイドルとして才能がある俺たちが気を使っても逆に取られるかもしれない。

 とりあえず、彼女の件は大人たちに任せることにしよう。


 ちなみに茉美さんは次のボイストレーニングへ移動する時間まで、この休憩室に遂に現れなかった。

 ボイトレでの彼女は一段と暗い顔をしていたので気にはなったが、俺はトレーニングの必要無しと追い出されてしまった。

 後からのぞみちゃんに聞いたのだが、やはりボイトレでもミスが多く早急に何とかしないといけない感じになったようである。

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