第9話

 お風呂をいただいた後は、のぞみちゃんの部屋で彼女の入浴が終わるのを待つ。

 残念ながら、一緒に入浴をする関係にはまだ至らないようだ。

 まぁ、美少女と一緒のお風呂なんて、俺がどうなるかわからない。

 漫画ならブーッと鼻血を噴いて、ぶっ倒れてしまうところだろう。


「お待たせしました。美久里ちゃん」

「お帰りなさい」


 入浴後のストレッチを行い、終わった後はカウチソファに座ってミネラルウォーターで水分を取る。

 そうしているとノックの後にドアが開けられ、パジャマ姿ののぞみちゃんが姿を見せた。


「ふぅ……」


 彼女はベッドの上に移動すると、俺と同じようにストレッチを始めた。

 風呂上がりで普段は白い肌を紅潮させたのぞみちゃんは、変な色っぽさがある。

 そんな彼女に視線を奪われていると、ストレッチをしながら話し掛けられた。


「美久里ちゃん。そんなに見られると、少し恥ずかしいな……」

「ご、ごめんね」


 まずい。

 俺の性自認は、前世と同じ男。

 のぞみちゃんを見つめる視線に、性的なものが混じったかもしれない。

 はぐらかすために、今日会った初対面の美少女のことを口に出す。


「……そういえば、あの、乃莉子さんという方は? 凄い美少女だったけど」

「んっ……、いつき 乃莉子のりこさんは遠い親族で、姉の親友ぽい人かな……」

「そうなんだ。武智さんに匹敵する美少女だったね」

「……のぞみから見れば、美久里ちゃんも負けてないと思いますけど」


 正直な話、俺もそう思う。

 芸能界広しとはいえ、俺より確実に勝っていると思う美貌の持ち主は見渡らない。

 もちろん、負けず劣らずという人なら一桁後半は存在する。

 ぜひ、そんな超絶美少女とお知り合いになり、いろいろと仲良くなりたいものだ。


「武智さんのサイン、とか言っていたけど」

「くすっ。乃莉子さん、実は武智さんの大ファンなの。握手会にも行くぐらいの」

「へぇ~。 何か、変というか不思議な感じがするね」

「……そう考えると、美久里ちゃんのファンになってもおかしくなさそう」

「あんな綺麗な人に、ファンになってもらえたら嬉しいかな」


 二人で見つめ合って、微笑み合う。

 会話中もストレッチをしていたのぞみちゃんは、立ち上がるとベッドから下りて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 それを持って、彼女は俺の隣のカウチソファに場所を移す。

 ボディソープの香りか、甘い匂いが俺の鼻を刺激してきた。


「でも、関係性からいえば、のぞみちゃんのファンになりそうな気がする」

「う~ん。……どうでしょう? 武智さんが一番なのは、変わらない気がしますが」


 隣り合って、他愛もない会話を続ける。

 風呂上がりの美少女と親しくできる幸せを噛み締めながら、彼女の言葉に耳を傾けた。



 +++



「──んっ、ふわぁぁぁ。……もう、こんな時間」


 のぞみちゃんは話の途中で、手を口にやると可愛く欠伸をする。

 こんな姿も見せてくれるぐらいには仲良くなれたようで嬉しい。


「楽しいと、時間が経つのも早いね。そろそろ、お開きにする?」

「もっとお話したいところだけど、夜更かしはお肌に悪いからね」

「それは大変だ。のぞみちゃんの美肌を守るために、早く寝るとしよう」

「ふふっ。それじゃ、ベッドに行きましょうか」


 別にそんな意味ではないのはわかっているが、美少女にベッドへと誘われるのはドキッとする。

 本当は前世のまま、男として転生して誘われかったものだ。


「……随分、大きなベッドだね」

「ゆったりと、睡眠を取りたいから」

「私の部屋だと、このベッドを置くだけでいっぱいになるかも」


 俺たち二人でも、余裕で横になれる広さのベッドである。

 一人で寝る時は広さを持て余すのか、大きなぬいぐるみが二つ置いてあった。


「美久里ちゃんが、奥にします?」

「うん。そうする」


 高そうなベッドに上がると、壁の方へ移動する。

 途中、トイレに起きるにしても、足元に余裕があるからのぞみちゃんを起こす心配も無さそうだ。


 用意された枕に頭を乗せて、仰向けで横たわる。

 普段から使用しているのぞみちゃんの良い香りがして、眠れるか心配になってきた。


「……灯りはどうしましょう? いつもは常夜灯を点けてますけど」

「大丈夫。普段通りでいいよ」


 自宅ならともかく、初めての場所で真っ暗なのは少し困る。

 トイレに行く時に、隣で眠る彼女を踏んづけてしまうかもしれないし。


「ありがとう。……消すね」


 のぞみちゃんは、ベッド横のテーブルの上にあったリモコンで部屋の照明を常夜灯にする。

 薄暗い中、彼女はベッドに上がると俺の横で仰向けになった。


「ふぅ……。美久里ちゃん、おやすみなさい」

「おやすみ。のぞみちゃん」



 +++



(ね、寝れない)


 ベッドに入って体感十五分ぐらい。

 タオルケットを胸の辺りまで掛けて目を閉じていたが、隣ののぞみちゃんが気になって睡魔が訪れなかった。

 まぁ、最初からわかっていたことではある。

 余裕でアイドルになれるほどの美少女と同衾ともなれば、心が男の俺としては心穏やかにいられるわけがない。


 少しでも手を伸ばせば、美少女の身体に手が届く。

 だが、そんなことができるわけもない。

 そんな、悶々とした時間に苦しんでいた時だった。


「……起きてますか?」

「ひゃう!? ……お、起きてるよ、まだ……」


 突然、のぞみちゃんから問い掛けられる。

 驚いた俺が返事をしながら隣を見ると、彼女も寝返りをうって、こちらの方に向きを変えた。

 それを見た俺も、のぞみちゃんを見るように横向きとなる。

 常夜灯の灯りの中、同じベッドで美少女と見つめ合っていると変な気分になってきた。


「美久里ちゃんは、枕が変わると眠れない方ですか?」

「……そうかも。アイドルになるんだから、慣れないといけないんだろうけど」

「地方に行く機会も増えますしね」


 顔を見合わせ、小さな声でお話する。

 そんな時に、あるアイデアが浮かび上がってきた。


「のぞみちゃん」

「ん? どうしました?」

「手を握っていい? その方が眠れるかもしれないから」

「……美久里ちゃんって、意外と甘えん坊さんですか?」


 彼女は微笑を浮かべ、片手を俺に差し出す。

 その手を両手で包むと、柔らかさと体温が伝わってきた。


「……こうしていると、眠れそう」

「それじゃ、そろそろ私も、おやすみします」

「はい。おやすみなさい」


 のぞみちゃんは俺を見つめた後、瞼を落とす。

 俺も暫く彼女の顔を見つめてから、ゆっくりと目を閉じた。

 両の掌の中の手は、とてもなめらかな感触である。

 更に眠れそうにならなくなったと思いながら、のぞみちゃんの甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

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