第8話
「……ごめんね、美久里ちゃん。姉が挨拶もせず……」
「大丈夫だよ。……あの人が前に話してた、その……」
「うん……。と、とりあえず、のぞみの部屋まで行こう?」
「う、うん」
廊下で立ち話する内容では無いか。
後ろに、俺の荷物を持った佐藤さんも控えているし。
そんなことを考え、何となく無言となって廊下を進む。
暫くはその状態だったが、とあるドアの前でのぞみちゃんが立ち止まり俺の方を向いた。
「ここがのぞみの部屋だよ。美久里ちゃん、どうぞ」
「お、おじゃまします」
ドアを開けてくれている彼女の前を通り、のぞみちゃんの自室に入室する。
少し進み立ち止まっていると、佐藤さんから荷物を受け取った彼女も入ってきてドアを閉めた。
「うわぁ~」
この部屋の印象だが、まず広いである。
少なくとも俺の自室の倍以上、三倍もあるかもしれない。
「美久里ちゃん。こちらへどうぞ」
白とピンクに彩られた室内を見回していると、俺の荷物を置いたのぞみちゃんが俺を呼ぶ。
カウチソファに座った彼女の横に俺も座ると、直ぐにドアをノックされる音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「……失礼いたします」
入室してきたのは佐藤さんではなく、初めて見る女性だ。
お手伝いの一人と思われる彼女は飲み物の用意をしていたようで、ポットやカップ等を目の前のテーブルの上に置いていく。
「小林さん。後は私がやりますから」
「はい。お嬢様」
小林さんと呼ばれた女性は、のぞみちゃんの言葉に一礼して部屋を出ていく。
それから彼女はテーブルの上に手を伸ばし、お茶の準備を始めた。
「美久里ちゃん。紅茶でいいですか?」
「うん。好きだよ、紅茶」
「のぞみも、紅茶が一番好き」
にっこりとした笑顔で、彼女は紅茶を淹れていく。
その姿は、俺の目からお嬢様らしく気品に満ち溢れて見えていた。
「砂糖やミルクは、どうしますか?」
「まずは、そのまま頂いてみるね」
のぞみちゃんが手ずから用意してくれた紅茶をストレートで口にする。
すると、普段自分が飲んでいる紅茶とは別次元の美味しさが口の中に広がった。
「わぁ……、おいしい……」
「そう? 良かった~」
茶葉も良い物だろうし、淹れ方もきちんとした方法だと思われる。
家で飲んでいるティーパックの紅茶と、比較する方が間違いなはずだ。
ティーカップを手にし、ほっこりとした気分を楽しむ。
のぞみちゃんとのお泊り会はスタートとしたばかり。
彼女と彼女の姉との関係は気になるが、口にしない方が良いだろう。
もっとも、それ以上に気になるのは一緒に居た
+++
お茶をしながらの軽い休憩の後は、お話タイムである。
お互いの学校の話をしたり、アイドルになるためのレッスンに対する愚痴を言い合ったりした。
学校話の内容は結構な違いがあって面白い。
同じ中学生と言っても俺のどこにでもある公立と、のぞみちゃんが通う私立のお嬢様学校では全く違うのは当然だけども。
そして、今は二人でテレビの画面を眺めている。
映っているのは、今年発売されたシュステーマ・ソーラーレによるコンサートのBDだ。
「はぁ~。やっぱり凄いね……」
「のぞみに同じことができるか、自信がありません……」
俺の家の居間にあるメインのテレビより、サイズが大きい画面の中で先輩たちが踊り歌っている。
それを見ていると流石の俺も不安に思えてきた。
「私も、スタミナ的に心配になっちゃうかな……」
「レッスンを受けて、先輩方の体力のすごさが良くわかりました」
八月の例大祭でデビューといっても、直ぐにはここまで要求されないだろう。
しかし、一年後にある初めての人気投票後には、そうも言ってられない。
俺は一桁台に入る自信があるし、のぞみちゃんも愛称が付く二桁の上位の順位には入れるだろう。
そうなれば、コンサートで主力メンバーとして踊り歌い続けないといけなくなる。
「……当分、体力養成をメインにがんばるしかないか」
「のぞみも、出来るだけ一緒にレッスン受けますから、がんばろう」
「のぞみちゃん……。ありがとう」
左隣に座る俺の右手を両手で握って、笑顔を向けてくれるのぞみちゃん。
俺も彼女に笑顔を返しながら、のぞみちゃんの手、めっちゃ柔らかいとか違うことを考えていた。
+++
最新のコンサートBDを見終わると、夕食までBDの内容やシュス・ソーラのことを話題に花を咲かせた。
まだグループ内のことを深くは知らないが、色んな話が耳に入ってくる。
アイドルという存在が華やかなだけではないとは思っているが、それでも心が重たくなるような噂もある。
隅っこの不人気メンバーだけでなく、人気がある中心メンバーでもいろいろと悩みの種はありそうだった。
「アイドルって、本当に大変そうですね……」
「……グループ内だけでも仲良くできればいいんだけどね」
「同期の六期生たちだけでも、そうできればと思います」
仲間であり、ライバルでもある。
せめて、のぞみちゃんとはずっと仲良くしていきたいものだ。
色んな意味で。
+++
夕食はのぞみちゃんの家族が不在なのもあってか、彼女の自室で頂く。
お嬢様の夕食というものに勝手に警戒感を抱いていたが、特にそんなことはなかった。
一品ごとに出てくるコース料理とかを普通に想像していたが、流石に違ったようだ。
もちろん、普段の家族の食卓ではそうなのかもしれないが。
まぁ、料理の味は抜群に良かったので料理人の腕や食材は凄いのであろう。
その後はシュス・ソーラのメンバーたちが出演した映画を二人で鑑賞する。
未だ結成してからの年月が短いためか数は少ないが、主演クラスの作品を見て感想を言い合った。
「う~ん。まだ演技に慣れてないせいか、ちょっと下手っぽく見えるね」
「最初から上手にできる人は、少ないと思いますよ」
アイドルとしての宿命か、女優としては微妙な人が多い。
それでも、何人かは上手いと思える先輩もいる。
「この作品に出ています、二期生の先輩でしたか? 演技は上手だと思いました」
「そうだね。……グループを卒業したら、女優で生きていけそうかも」
「……私たちもデビューしたら、ドラマに出ないといけないのでしょうか?」
「まぁ、オファーが来たら、事務所は断らないだろうね」
「……のぞみは演技に自信ありません。……美久里ちゃんは?」
心細い感じの声を出すのぞみちゃんの言葉に、どう答えようと考える。
神様チートのお陰で演技も大丈夫なはずだから、自信はあるのだが。
「その辺のレッスンがまだだから、何とも言えないけど……。大丈夫なんじゃないかな?」
「……その自信、羨ましいです」
「まぁ、最初は台詞が多くない役だと思うから、慣れるしかないね」
「美久里ちゃんなら、いきなり主役に抜擢されてもおかしくないと思いますけど」
「流石に、いきなり主役は、ちょっと遠慮したいかな……」
こう言ってるが、のぞみちゃんには最初から主役クラスが来てもおかしくはないと思っている。
彼女のバックを考えると、端役には使いづらいとしか思えない。
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