第7話

 デビューに備えて、レッスンの日々が続く。

 とはいえ、当然休みの日だってある。


 ゴールデンウィーク中に発生した、レッスンが無いとある連休。

 俺は初めて乗る路線の電車の席に座っていた。


 この日、のぞみちゃんに自宅へと招待されたのだ。

 しかも、泊まりでパジャマパーティーをしようという提案である。

 もちろん、美少女の甘いお誘いに即答でイエスと返す。

 もう、心はウッキウキで当日を迎えるのが待ち遠しくて仕方なかった。


 電車の中でもソワソワと落ち着かないでいると、漸く待ち合わせ場所の駅に着く。

 彼女は俺の家まで車で迎えに行くことを提案してくれたが、そこまで甘えるのはどうかと思ったのだ。


(さて、東口に出るんだったな……)


 初めて訪れる駅構内を少し迷いながら、改札にスマホでタッチしてコンコースに出る。

 駅の案内サインを確認して東口から駅舎を出ると、駅前のロータリーに今年になってからよく見るようになった黒い高級車が停まっていた。


 その車に向かって歩いていくと、後部座席のサイドウインドウが下がり出す。

 そこから、のぞみちゃんが笑顔で見せていた。


「おはよう。美久里ちゃん♪」

「のぞみちゃん、おはよう♪ 待たせちゃった?」

「大丈夫だよ。今、到着したところだから」


 まるでデートの待ち合わせみたいな言葉を交わしていると、運転手の田中さんが降りてきてドアを開け荷物を受け取ってくれる。

 まるで、俺もお嬢様になったみたいだ。


「美久里お嬢様。お荷物をお預かりいたします」

「あ、ありがとうございます」

「いえ。こちらはトランクに入れておきますね。それでは、お乗りください」

「は、はい……」

「……では、ドアを閉めますので、お気を付けください」


 のぞみちゃんの隣に乗り込むと、田中さんがドアを閉めてくれる。

 彼がトランクに荷物を入れてから運転席に回るのを見ていると、隣ののぞみちゃんが話し掛けてきた。


「ここから、十五分ちょっとで着くからね」

「あっ、うん。……ところで、本当にお土産とか無しでよかったの?」

「うん。今日はパパもママも帰ってこないし、兄や姉も泊りで出掛けるらしいから、大丈夫だよ」

「そうなんだ」

「居るのは、住み込みのお手伝いの人ぐらいだから、リラックスしてね」

「わかった」


 そう喋っている間に、車は静かに動き出す。

 プロの運転手らしく、俺の父親とは全然違う乗り心地の良さだ。



 +++



「お嬢様。もうすぐ到着いたします」


 のぞみちゃんとキャッキャウフフみたいな感じで、女の子の会話を楽しんでいると田中さんが目的地への到着を予告してくれる。

 その声にのぞみちゃんから窓の外へと視線を変えると、高い塀が長く続く光景が目に入ってきた。


 すると重厚で立派な門が現れ、車は方向指示器を点滅させてそちらへと曲がる。

 閉まっている門の前に一時停車し田中さんが手元で何かを弄ると、ゆっくりと門が開いていった。


「うわぁ……」


 外から見て想像していたように、庭がとんでもなく広い。

 これぞ金持ちと言った感じの庭の中を車が進むと、これまた大きい平屋の玄関の前に止まった。

 田中さんは車から降りると、左側の後部座席のドアを開いてくれる。


「お嬢様方。どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとう。田中さん」

「いえ。では、荷物をお持ちします」

「それじゃ、美久里ちゃんはこちらへどうぞ」


 車から降りると、のぞみちゃんも後に続いてくる。

 トランクの荷物を取りに行った田中さんを残し、彼女に導かれて玄関へと向かった。


「ただいま~」

「お帰りなさいませ。のぞみお嬢様」

「佐藤さんか。紹介するね。こちらが萱沼 美久里ちゃん」

「萱沼 美久里です。本日はお世話になります」

「佐藤と申します。御用がございましたら、何でもお申し付けください。萱沼様」

「は、はい。ありがとうございます」

「それじゃ、のぞみの部屋に行きましょう」


 追いついた田中さんが佐藤さんに俺の荷物を渡すのを見ながら、玄関で靴を脱ぐ。

 楽しそうなのぞみちゃんに手を引かれ、長い廊下を進んでいった。


 歴史がありそうな豪邸に相応しく、廊下の幅は広い。

 所々に置かれている高そうな花瓶とか壺とかに注意しつつ途中の角を折れ曲がると、こちらに歩いてきた二人の女性に出会った。


「んっ……。遅かったわね。のぞみ」

「……お姉様」


 楽し気だった、のぞみちゃんの雰囲気がガラリと変わる。

 彼女にお姉様と呼ばれた女性は、少し年上の高校生ぐらいの年齢だ。

 そういえば、のぞみちゃんには姉が一人いて仲があまり宜しくないと聞いたことがあった。

 まぁ、俺はそんなことより他に意識を取られていた。

 少しひそめた表情の姉と呼ばれた女性の横に居る、もう一人の女性の顔にくぎ付けになっていたからだ。


「久し振りね。のぞみちゃん」

「はい。お久しぶりです。乃莉子のりこさん」


 その、乃莉子と呼ばれた女性は俺や武智たけち 梨奈りなに匹敵する超絶美少女だったのだ。

 そんな彼女は、のぞみちゃんに優しく話し掛けている。


「梨奈ちゃんのサイン色紙を頂いたわ。ありがとう」

「いえ、喜んで頂いて嬉しいです」

「……乃莉子、早く行きましょう。のぞみ、今日はもう出掛けないのよね?」

「は、はい」

「そう。じゃ、田中さん、借りるわね。……それじゃ、ごゆっくり」

「ああ、こずえ待って。……もう。……のぞみちゃん、また今度ね。それでは失礼します」

「はい」


 俺をジロッと一瞥すると、ぞんざいな言葉を残し、こずえと呼ばれたのぞみちゃんの姉は去っていく。

 超絶美少女ものぞみちゃんと挨拶を交わし、俺に少し会釈をして後を追っていった。

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