七澤 のぞみ

「はあぁ……。今日も、疲れました~」


 私好みの温度であるお風呂に入りながら、思わず口に出してしまう。

 毎日のアイドル養成レッスンに、疲労回復が全然間に合っていない。


「ふぅ……。これで美久里ちゃんが居なかったら、心折れてましたね」


 そのレッスンの日々を共に戦う戦友のことを考える。

 彼女が同期に居たことが、どれほど心の支えになっているかと。



 +++



「──アイドルになりたい?」

「はい、お父様。シュステーマ・ソーラーレのオーディションを受けようと思っています」

「……そうか」


 私、七澤ななさわ のぞみは昔からアイドルが好きだった。

 テレビの画面の中でキラキラと輝いている彼女たちを見て、私もそうなってみたいと子供心に思ったものである。

 それは確かだ。

 でも、中学生になって父にアイドルを目指したいと許しを求めたのは、それだけが理由では無い。


 私には兄と姉が一人ずついる。

 兄とは特に問題ないし可愛がられてると思うが、姉が問題なのだ。

 簡単に言えば、姉との仲が最悪なのである。

 始まりは姉から一方的に嫌われていることで、それが続くうちに私も姉が大嫌いになったのだ。


 外見のことをなじられても、私にはどうしようもない。

 確かに客観的に見て、姉と比べれば私の方が遥かに美少女なのは明白だが、それは私のせいではないし。


 そんなことが長年続けば、私も家に居るのが嫌になる。

 そこでアイドルになれば、家に居る時間も減ると思ったのだ。

 姉に嫌われる原因の顔も、アイドルとして考えれば武器となる。

 正直、シュステーマ・ソーラーレの中で私より美人だと思うのは新人の武智たけち 梨奈りなさんぐらいしか居ない。

 他に、エースの内川うちかわ 知実ともみさんが同じぐらいといった感想だ。


「オーディションに受かって、アイドルになったとして、それからが大変だぞ?」

「それは、理解しています」

「いいや、わかっていない。のぞみが七澤グループの令嬢なのが問題なのだ」


 首を振った父は、私の考えが甘いと指摘してくる。


「のぞみなら実力でオーディションに合格してもおかしくない。でも、他人がそう思うかは別だ」

「はい……」

「同じグループのメンバーや事務所関係者、彼ら彼女らは、のぞみの背後に七澤グループの存在を絶対に見てしまうだろう」


 それは仕方がない。

 七澤グループに所属する会社のうち、ある程度の数がシュステーマ・ソーラーレのアイドルをCMや広告塔に起用しているのだから。


「当然、ねたみやそねみを覚悟しておかねばならない。逆に背景を見、下心を持って近づいてくる人間もいるはずだ」


 七澤という名前は、メリットも有ればデメリットも有る。

 流石に七澤グループを敵に回すことは無いと思うが、アイドルグループ内で微妙な立場になることはありそうだ。


「だから、もう少し考えてみなさい。まだ時間はあるはずだ」

「……はい。わかりました、お父様」


 とはいえ、この家で姉と顔を合わせる時間を出来るだけ短くしたい。

 流石に虐められることもないだろうし、孤立して近付いてくる人間が下心有りだとしても、そちらの方がまだマシだ。


 最初から、そう覚悟しておけばショックもないだろう。

 姉との関係を思えば、他人との人間関係に期待するわけがない。



 +++



 最終的にオーディションを受けると父に伝えると、すんなりと了承された。

 七澤グループの力を使うなとかの注意も無かったが、わざわざ私も使おうとは思わない。

 一応、私も自分の顔には自信がある。

 今日、シュステーマ・ソーラーレのメンバーになっても顔だけならトップ5には余裕で入るだろう。


 十月から六期生候補の募集が始まり、私は即応募して必要な書類を送る。

 書類審査を通過し何度かあった途中の審査も無事潜り抜け、遂に最終審査まで辿り着く頃には十二月になっていた。


 最終審査が行われる芸能事務所のオフィスビルに車で送られると、既に三十人ほどの少女たちが集合していた。

 ここから多くて十人、恐らく七、八人だと思われる合格者を争うわけだ。


 軽く見渡すと姉よりは美人だが、私よりは劣っている人ばかりである。

 少し安心していると、そんな彼女らがチラッチラッと一つの方向を異常に気にしているのがわかった。

 私も彼女らの視線を追い、そこで見た光景に息を飲んで硬直してしまう。

 視線の先には、一人の少女が目を瞑って静かに座っていた。


 ここに集まった少女たちの中で突出した美しさの少女。

 私でも負けていると思える美貌は、あの武智 梨奈さんぐらいしか対抗できないものだ。

 余程、歌やダンスに問題が無いかぎり彼女が合格するのは間違い無いであろう。

 そんな卓越した美少女が、萱沼かやぬま 美久里みくりちゃんだった。


 誰もが予想した通りに彼女はオーディションに合格し、同じく合格した私と同期生となった。

 傑出した美貌で彼女は注目を浴び、私に集中すると思っていた視線を分散してくれた。


 そして、同期の中で孤立しかけていた同年齢の私たちが仲良くなるのは当然だった。

 おかげで覚悟していたほど、レッスンの日々はつらくない。

 このまま行けば、私も美久里ちゃんもアイドルとしてデビューできる。

 それもグループ内の中心メンバーとして活躍できても不思議ではない。


 姉との関係は、もう修復不可能だろうけど気にすることが少なくなった。

 美久里ちゃんと仲良くしていくことの方が重要である。



 +++



「……明日も、美久里ちゃんといっぱいお話できるといいな」


 あったかいお風呂に疲れを溶かしながら呟く。

 今までで、一番仲が良いと言える友達。

 他の六期生候補は、仲間ではあるがライバルでもあるという関係だ。

 でも、美久里ちゃんとは仲間であり親友でもあるという関係になりたい。


 そう思いつつ、ゆったりとお湯に浸かる。

 後で彼女に電話をして、眠くなるまでお喋りしよう。

 そう思うだけで、楽しくなってくるのが不思議だった。

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