其の十六:推測と真実
バシッと指さす先には、伏し目がちに令嬢を見つめる一人の紳士がいた。
「なぜそんなことが分かるの?」
「こんながもあっチャ」
カーテンを下ろすだけでなく、しっかり仕事もしてきたようだ。ナターシャの手には新たな資料が数冊携えられていた。
「こっちゃ見んまいけ」
件の写真の本の上に新たな資料を広げる。タイトルは「オリバー邸と花重綱町の文化史」と書いてある。
「オリバー?」
「この洋館はオリバーという外国人が建てたガ」
ぺらりと付箋の付いたページをめくるナターシャ。
「これ、今調べてくれたのん?」
「そうヤチャ」
「さっすが司書!」
「ねえ! この女の人!」
音々子が央一の背中をバシバシ叩く。
「イタいイタいッ! わかってるって、
「交流のあった有力者の一人だって書いてあるわ!」
まるで欧州貴族のお姫様のごとく着飾り、横顔だけのカメオのような美しい日本人女性の肖像画が資料写真として載っていた。モノクロの古い写真だが、こんな昔のド田舎で女性がそう何枚も写真を残しているだろうか。央一と音々子はその女性が、同じく吉滝家のご令嬢だと確信した。
「《吉滝家は日本海を通じて貿易船の管理を行っていた一大貿易商であり、また、江戸時代は加賀藩の重役として漁業に関する取締役として家を大きくした。》でもこの辺じゃあ聞かない姓よね? 」
「隣の市じゃあないかね? お、こんなことも書いてあるぜ。《貿易商を育てるための、今で言う小さな外国語学校を立てた》」
「ということは、この吉滝家令嬢も英語なりをたしなんでいた」
そういうことだ、とナターシャが
「T県は今でもロシア人多いガ。昔も朝鮮人、ロシア、ほか大陸の人間が来やすい土地やったチャ」
「日本海越しとはいえ近いっちゃ近いかもナ」
しかし音々子はずっと眉を寄せて首をひねっている。
「……でも何で、この紳士がアイツの正体だっていうの?」
「この?」
ナターシャも首を傾げる。
「俺の推理を聞きたいかい?」
「いいから黙って喋りなさいよ」
「ギャフン! ねこちゃんどっちよ!? まあ俺が思うにだな、この紳士は吉滝の令嬢に好意を寄せていた」
「そうかしら?」
「とりあえずそうしといてチョーダイ。だから殺してはいない。なぜ首絞め魔になって現代にも残っているのか、それはそこに理由があると思う」
ナターシャが違う資料を開く。それは全頁多色刷りの、博物館の図録だ。
「ここガにオリバー邸取り壊しの際に寄贈された服飾品、食器、絵画、ほかにもいろいろ。金持ち道楽の末端が
「ネックレス……! それだ!」
央一は興奮した声を上げ、ナターシャは央一の意図をくんだように問題のページを開いた。そこには真っ青の石が嵌め込まれた大ぶりの首飾りが神々しく輝いていた。
「これはでも、オリバーの秘宝じゃあないガ」
「オリバーの物ではないの?」
「いや、それは問題ない! オリバーの物でなくてもいい、それは関係ない!」
央一は強く言い放つ。
「聞いてくれ。その紳士、すなわち首絞め魔の奴さんは悲恋の死を遂げた。だから現代にまで遺っている。その相手は吉滝のご令嬢。ここまではオーケイ?」
ナターシャはこくりと首を動かした。音々子の反応はないものの、しっかりと央一の方を見ていた。
「生前その男は吉滝のご令嬢にそのネックレスを差し上げたかった。恋心からな。もしくはプロポーズかもしれない。でもそれは叶わなかった。なにかの問題に直面したためだ。なにかはわからないが、そのままこの地で客死した。そして思い出の地のここに今も死んだまま生きている」
「ちょっと待って」
音々子は眉間に皺を寄せたままだったが、ここでやっと声を上げる。
「アイツには首が無いわ。首が無い、それはどんな理由があるっていうの?」
「うーんん、これも推測になっちゃうけどナ」
喉仏の前をチョン、と央一は水平にした手をあてた。
「死刑。奴さんは誰かの、何かの刑に触れ、首を
「……」
納得がいかない様子だ。音々子はあごに手をあてて、考え込み吟味するように、資料に目を落とした。
「首が無いから、……恨みつらみで誰彼かまわず首を狙う……?」
「コーチシカ、この男の死刑だったという証拠が見つかればいいガね?」
ナターシャは央一にも目を配らせて、また書棚に向かった。
書棚の狭間に消えていったナターシャを見送って、央一は不敵な笑みを浮かべながら音々子のブツブツ独り言を見守っている。
「……首、ネックレス? わからないわ。なぜアイツは首をしつように狙うのかしら」
「聞きたい? ねこちゃん、俺の話」
「
フフフンと鼻で笑うと、央一はいすにずっぽりと体重をあずけ、椅子の前足を浮かせながらくつろいだ。
「まァ、イイけどね。……でも、ターゲットは? そこを忘れちゃあダメダメよん?」
「ターゲット……。ターゲットは若い黒髪を垂らした女。……それはこの令嬢? でも殺したいわけではない……」
「うん、むしろネックレスを差し上げたいくらい愛していた」
「そう、殺すわけがない。……つまり、黒髪のターゲットは、……――! みんな生きているわ!」
「ソウデショウ!」
「せいぜい気を失う程度だった!」
「そう! そしてもうひとつ!」
央一は椅子の足音を立てて立ち上がる。
「俺から
「それは……?」
バン!
ナターシャが叩きつけるように、机にとある本を広げた。
「あったガいぜ」
「でかしたナターシャ!」
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