第三章 リサーチ アンド チェイス

其の十三:突撃!図書館棟

 有薗宝道津港ありぞのほうどうづこう学園の図書館棟は、いちばんキレイで近代的な建物である。

 すべすべの打ちっぱなしコンクリートで頑丈そうながら、読書スペースは明かり窓が設けられ、柔らかな木漏れ日が入る。かえって書架は、ほどよい照明のもとで整然と並べられており、学生でも読みやすい外国語の書から最近のライトノベルまで揃えられている。

 もちろん大きな五階建ての図書館となると、北陸T県、宝道津市の歴史や民俗、風習、民謡なども調べられる。


 本日は休校日だが、本校の学生は構内に入る際制服着用の校則がある。央一と音々子は変わり映えのしないいつもの格好で図書館棟の自動ドアをくぐった。

 二人のお目当ては、この有薗宝道津港ありぞのほうどうづこう学園の歴史である。


「ウヒャー、小人だらけだぜ!」

「近所の子どもが来るのね、休日は」


 一階は児童向けフロアとなっているようで、二人は初めての入館で早速面食らった。

 絵本や漫画のコーナーには子連れだったり、学習のために机を陣取る中学生や小学生もいる。ここだけは図書館という静けさからはほど遠い。


「裏山のあの洋館は一体何だったのか、知ることが解決への道だと思うの」

「はあん」

「なによ、その気合いの乗ってない返事は」

「いやネ、解決って、俺たちはどこに辿り着くのかと思ってサ」

「……分からないわ」


 二階へは階段で上がった。これほど立派な施設なのに、エレベーター前には節電のポスターが貼ってあったからだ。

 若者は若者らしく一段一段、踏みしめながら、次第に児童フロアの喧騒けんそうを遠くに感じながら上階を目指す。


 階段から上がってすぐ、まるで百貨店の案内嬢のようにカウンター内に司書らしき人物が見えた。目を奪ったのは、その案内嬢もとい司書の女性は長い金髪おさげ。結構目立つカッコウの割に気薄とでもいうのか、存在感がはかなげであった。その髪色が透き通るように窓からの日差しを受けていたからかもしれない。


「失礼、司書さん。この町の歴史を調べたいのだけど、どちらに行けばいいかしら?」


 司書は黒縁の丸めがねをかけ直して音々子を見った。


「この階ではありませんネ、五階の特別書庫でス。借りられませんヨ?」

「構わないわ。私たち学生でも閲覧できるのよね?」

「えエ、もちろン」


 それだけ確かめると音々子はきびすを返して階段を再び上り始めた。央一も続く。


「ゲエーッ! また階段かよー!」

「仕方ないじゃあ無いの、特別書庫は一般用のエレベーターは通じてないんだもの。それに電気が勿体もったいないわ」


 無駄口に体力を消費しながらも、若者なので文句を垂れる割には難なく到着した。

 五階ともなると、田舎町では高い方の建物に入る。水舘みずたち市宝道津をほぼ一望できた。しばしその景色に二人はくぎ付けになっていたが、背後から聞き覚えのある独特なイントネーションで声を掛けられた。


「こちらですヨ」


 先ほどの金髪おさげ司書だ。


「……どうも」


 改めて司書の彼女を見てみるが、動きやすそうなパンツスタイルにエプロンを着用。よくいる図書館職員といった風貌だが、瞳の色が湖のようにのぞき込みすぎると吸い込まれそうな青をしている。ルーツが日本ではないのだろうと央一は予想した。ちなみにパンチラ要素もないと判断した。


宝道津ほうどうづの江戸時代以降……かしら、そのあたりの民俗、文化なんかを調べたいの」

「そんなガ……、それでしたラ」


 どうぞ、というように音々子と央一を奥へ招いた。

 書棚は央一の背丈ほどもあり、それらがズラリとマネキンの群れのような静けさで二人の動向を見守っている。どれにもこれにも水舘、宝道津、宝道津港などと背表紙にあり、地元の未知がこのフロアに詰まっていると思うとどうしてか胸が躍った。


「このあたりがそうでス」


 三つ編み司書が立ち止まる。


「資料は大切ニ」


 それからぺこりとお辞儀をして去っていった。けれどこの階から持ち場へ戻ったわけではないようで、さらに奥の書架の裏でなにやらごそごそと音がしている。

 央一と音々子は司書が立ち去ったと同時に並ぶ本たちに視線を移した。音々子は大きく息を吸って、央一と似たような燃える瞳を宿している。


「ここからが問題よ。まずはあの洋風の建物がなんなのか、洗いざらい調べるのよ」

「お、おう! ……つってもよォねこちゃん? 学校の歴史を調べたらそこんとこわかるんじゃあないのん?」

「……」


 すぱん!


「イッダ!」


 央一を平手打ちの後、音々子は隣の棚へ回り、1冊の分厚い革表紙を持って戻ってきた。


「さあ! 調べるわよ!」

「う、うん……」


 なぜビンタされたのかわからないまま、頬を押さえて央一は音々子が机に置いた表紙を見た。その本は有薗宝道津港ありぞのほうどうづこう学園のあゆみを記録したもので、校舎の建て替えが決まった頃に刊行されたもののようだった。

 比較的新しいらしく、整理番号のシールもカバーもぴかぴかである。


 音々子は無造作にページを開いた。


「……新校舎増改築決定にあたって卒業生のことば。どうでもいいわね」

「ちょっと待った、ねこちゃん!」


 直接関係ないと思われたそのページに、央一が何かを見つけた。


「何かあったの!?」

「当時の写真を見ろ……」

「え?」


 その卒業生はもしかしたらもう存命では無いかも知れない。写真は白黒で、能面のような表情でポーズをつける卒業生たちは過ぎ去った時代を感じさせた。


「野郎しかいねえぜ! なんてこったい!!」


 央一は頭を抱えて悔しがる。


「何を期待していたのよッ! バカじゃあないの!!」

「図書館では静かにしくださイ」


 姿を見せないながらお叱りが飛んでくる。司書にいさめられ、音々子の目付きが鋭くなった。


「アンタのせいだわ」

「それはわるぅゴザンシタ」


 ペロッと舌を出した央一。

 そこに追い打ちをかけてさらに仕留めんとするような音々子の視線が突き刺さる。


「……でもこの写真、これは制服よね?」


 音々子が薄いピンク色の爪先で写真の男子を指した。


「アー、この時も学ランだったんだな。黒っぽく映ってるけど。帽子もかぶってるな」

「そうね。こっちは担任の先生かしら」

「……奴さんじゃあねえな」

「そうね……」


 写真の下には活字で卒業年月日が記してあった。


「ここは関係なさそうね」

「そうだな。学園の創設者のページは?」

「目次を見ましょう」

「ハナからそうすりゃあよかったべな」

「おだまり」


 コソコソと話しながらページをごっそり前にもどす。

 央一が目次とにらめっこ。


「……ここは? 有薗正二郎翁の系譜 有薗宝道津港学園の歴史と近影」

「見てみましょう」


 央一と音々子がそうこうとしている間、司書は見張るでもなく、所蔵を棚の間を歩きながら眺めている。たまに眼鏡の奥からきらりとした視線を丸めがねの底から二人に送っていた。


「なかなか目当ての資料がないわね……」


 学園の歴史辺りを漁っていた音々子がついにため息をこぼした。


「そういえば、ねこちゃん」

「なによ? っていうかその呼び方やめなさいよ」


 央一もちがう列の棚を中心に首無し男の正体をつかむための資料検索を行っている。


「あのサ、昨日の奴さんを追いかけている時、ねこちゃんは何を見ていたんだい? もしくは何を考えていた?」

「……」


 本と棚の隙間から音々子の少しうつむいた頭が見える。


「私は見たのよ」

「? なにを」


 音々子はきゅっとくちびるをんでから、顔を上げた。

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