其の十一:首
まるで滑るように上体を揺らさずに歩いて行く男――の姿は見えない。
央一は音々子の視線の先にあの地縛霊男を見つけることが出来ず、首を
「…………? どこ、に?」
緊張を
「どこって、もう通り過ぎたわよ! 馬鹿!!」
「エェッ、マジか!」
呆けてる長身の横を長い黒髪がすり抜けた。
「行くわよ! 追いかけんの!」
「お、おう!」
緊急出動ゆえに、学校カバンは放置で教室を飛び出した。
「ホントに見たの?」
「いたのよ! つべこべ抜かさず探しなさいよ」
「いだっ! 暴力ハンターイ……」
央一と音々子がいる場所は第二校舎一階廊下。渡り廊下のある階であり、第一校舎への移動も可能、上履きのままでもよければ屋外へ出ることも可能、というロケーションだ。
(ねこちゃんの調査ノートの通り、《男は屋内のみに現れる、と前述したが、それは姿がこちらに見えるようになるだけであり、男はその間も移動中である。見失ったらば――》)
次は一体どこに現れるのか。
まだこの校舎の中にいるのか。
狙いは誰なのか、何なのか。
走り出す央一。
「ねこちゃん!」
「何よ」
「どこまで行くンだい?」
「アイツがいる所までよ」
校舎内を歩いたり走ったりしながらそうこうしているうちに、一階の渡り廊下まで来た。
ここは初めて音々子のパンツを拝んだ例のポイントに近い。花壇横に央一はその日立っていたが、今日は上履きを履いて一階の渡り廊下を校舎から見ている図になる。
「つってもサ、
「――いいえ」
渡り廊下口の手前でやっと止まった音々子の上履きがキュキィッと鳴く。
「いたのか?」
「
怒られてしまった。
央一は異国のジェスチャーのように肩を
「……ターゲットになりそうな女子生徒を探しているのよ」
出入口ドアの縁から我が国一有名な家政婦さんのごとく辺りを深淵の瞳で
突然立ち止まったのは、動かないためだと央一は理解した。少しは考えて動いているらしい。
「この辺にいるのか……?」
「それは私も分からないわ。でも、
音々子の言うことが何となくわかってきた。
どうやら音々子サン、例のシンキングタイムが無い時は、目の前しか見えない
「待ち伏せを、するのよ」
言われなければうまくいくものですら、そうはいかない。
あの幽霊男は、外に出なくても、自分の姿を消すことが出来る。央一と音々子の証言を擦り合わせて公式で解くとそうなるのだ。
(きっと奴さんは、この学園をウロウロしながらターゲットを探してる。この廊下を歩いてくる……それなら俺が今やるべきことは――ねこちゃんを守りながら、ほかの女子生徒にも気を配ることって感じか)
結構な速度で向うの空き教室から飛ばして走って来たので、もしかしたらあの幽霊男を追い越して来たかもしれない。……知らないうちに、踏んだり蹴ったりしていたかもしれない。姿が見えないだけに。
(それは勘弁だな……)
央一は気味の悪い自分の思い付きを、首を振って頭から追い払った。
ほどよい女子生徒は幸か不幸か(圧倒的に幸だろうが)、まだ通りがかる気配はない。
「ねこちゃん、気のせいじゃあないンだな……」
「気のせいなら、その方がイイわよ」
「なあねこちゃん、本当に、」
「つべこべ
ぷんぷんしてる黒色のつやつや頭。
(あー、怒らせちゃったかなア)
廊下を振り返ったり、外を
「もしかしたら、あっちの校舎に渡っていったのかも知れないわ。アンタ見てきなさいよ」
「エエーッ!? ボクですかあッ!? ……えっと、いっしょに渡れば……?」
音々子はギロッとした目つきで
「何のために二人で行動してんのよ! 手分けする頭くらい持ちなさいよ、このおバカ!」
「ハアッ? おバカですとぉッ!?」
央一は央一なりに考えて音々子のフォローに回ろうとしていたその矢先に、能無しと(そこまで言っていないが)言われてしまっては気が長い方の央一もカチンとくるというものだ。
(別に向こうの校舎に渡るくらい手間でもなんでもねえけどよ、長い髪の女の子が狙われてるのは確定してンだ。俺がねこちゃんの背中張らないでいるのはよォ~おバカなのはそっちじゃんネ? お?)
ブチブチと頭の血管を浮かび上がらせながらも、女の子に手は上げられないのが
「ねこちゃあん、こんなとこでいいかい?」
向かい合わせの渡り廊下出入り口で、ぱっと見かくれんぼか、だるまさんが転んだをしているように見えるだろう。どこのバカップルなのだ。しかも相手は昭和親父も真っ青な頑固一徹・
「そのふざけた呼び方止めたらいいわよ」
音々子は腰に手を当てて、まだ機嫌が悪そうに低音で吐き捨てた。
その脚線美が風に揺られたスカートで露になる。
「ねこちゃん! 伏せろッ!!!!」
「えっ」
音々子の白い首筋に節くれ立った青白い両手が差し掛かるのが、央一に見えた。
(間に合えーーーーッ!)
まるで走り幅跳びの選手のように渡り廊下を飛び、ラグビー選手のように音々子に向かって飛び込む。その後、音々子を抱えた央一は壁に音を立てて激突し、頭を強かに打ちつけた。
「きゃあっ!?」
青白い男の両手は空を搔いたに終わった。
音々子は央一にすっぽり抱えられた格好からその男を仰ぎ見てぎょっとした。
「……首が、無い……!?」
その男は深い紺色のモーニングのようなスーツを着て、襟元は濃い
首の無い不気味な男は前に両腕を突きだしたまま、まるで目で見て確認するように、無いかぶりを振った。そしてゆっくりとまたあたりをに首を巡らせた。
「央一!! しっかりしなさいよっ!! 奴よ! 首が、無いの!!」
だが、央一はぐったりとのびている。
「もうッ! こんな時に限って!!!」
音々子は央一を揺さぶるが、目を開けることはなかった。
「起きてよッ! ちょっと、央一ッ!!!」
男は半身をひねり、振り向いた。
無い頭が音々子を見つけている。
「ひぃ……ッ」
(慌ててはダメ、動いちゃあダメ……!)
ぎゅっと央一のシャツを握って音々子は自分の心臓の音だけを聞いた。
男は音々子の方へ一歩、また一歩と力のない歩行で近づいてくる。
(あっちへ行って、お願い……)
音々子は男の頭部のないネクタイを
あれは血だ。かわいた血がべっとりとスーツを染めているのだ。
(央一の役立たず! お願いだからあっちへ行って……!)
目をつむって念じる。
しばらくそうしていたが、……何も起きない。音々子はそろりと
首の無い男は今、音々子に背中を向け、どこかへあの歩みを繰り出そうとしている。
(アイツが逃げる……!)
音々子は居ても立ってもいられず、上履きで屋外へ飛び出していった。
その際、支えを失った央一の頭が固い床にぶつかり、微かにうめき声を漏らした。
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