其の十:「チョン切ってソレをアンタの口の中に突っ込むわよ」
《襲われるのは、何故か必ず女子。(←まだ理由は定かではない)女性教諭が襲われる例は現在は聞いていない。被害者の特徴としては、長い髪を垂らしていること。》
(フフフ~ン、なるへそ同意。だけど――)
「ねこちゃん、被害者の項目について俺も考えることがあるぜェー」
はいはーい、と
「何かしら」
「被害者の特徴は、長い髪を垂らして、
「……それは何故?」
「ねこちゃんは職員室前のガラスケース傍にいた。こないだ襲われたカチューシャのあの娘はその廊下にねこちゃんより後から現れた。そして奴さんはいつ出現したかは分からないけどもそれは置いておいて、後から現れたあのカチューシャっ
顔の横まで下ろした右手で5、4、3……とカウントダウン。音々子はまたしてもほんのちょっと目を
「……動いていること?」
「ぴんぽんぴんぽーん! といきたいけどンも、七割正解ってとこネ。俺が思うに、歩いてなきゃダメ。空気が流動していなければ、多分ダメ」
「空気が流動? 歩いている時のあんな微かな風がターゲットを絞るのに必要なのかしら?」
「それ言っちゃったらだーいぶ答え出てるモンよ、ねこちゃーん?」
ぴっ、と顔の横の手を人差し指だけ立てた状態で止める。
「
あの男が現れる時のいやな感触をまとった風。よく心霊特集番組とかなんとかで言われる生ぬるい空気の一種と思っていたが、それにも兼ねて、おそらくあの風であの男は有機物と無機物、男と女、髪の長い短いを識別しているのではないか。央一はそう言いたかったのだ。
「……それは何のために?」
「ビコーズ、ターゲットを絞る!」
「全部英語で言いなさいよ」
「無茶振りイヤーン」
「……」
「あだっ、音々子サン痛いですッ」
ふざけると、飛んできますよ、ボールペン。しかもペン先の方からビュンと目の高さでやって来たので、避けそこなった。
「まだあるンですよ、聞いてくれます?」
「余計な茶々入れないなら許可するわ」
「そりゃあどうも(変な茶々入れてきたのはねこちゃんじゃーん)」
央一は落ちたボールペンを拾い上げ、器用にくるくる回しながら意見を続けた。
「そしてターゲットは、必ずゆっくり歩いていなければならない。これは単純に」
「アイツが追いつけないから」
央一のセリフに音々子が結論を被せた。央一がニヤリと
「その理由はこれまた定かじゃあないケド、でも多分そうだと思うんだナ」
何か言いかけるかのように口を開いた音々子だったが、結局何も言わずにいつものシンキングタイムに入ってしまった。
こうなってしまうと、彼女はドウシテナンデくらいでしか会話のキャッチボールが出来なくなることをここいらで央一は学んでいたので、彼女に聞くよりも手帳を読むことにした。ボールペンを耳に挟む。
《男の特徴は夢遊病者のような歩き。スピードはのろい。》
《格好は、おそらく仕立てたスーツ。(←真新しいスーツではなかった気が? 生前着ていたものかも)》
《素晴らしい尺骨茎状突起の持ち主。屍であることが惜しい!》
この文章に少しニヨニヨしてしまう。『!』とかつけちゃうところがカワユイ。こんな小難しい漢字の羅列をさらりと書いてるあたりがちょっと不思議ちゃんクサイけど。
《尺骨茎状突起から見れば、男はそこそこ筋肉質。だけどムキムキではない。外仕事より中仕事をしている人に多い手首の肉付き。骨は意外としっかりしている。故に育ちはそこまで悪くなく……》
この後は延々と音々子式尺骨茎状突起的人格論が繰り広げられている。これがどこまで信用に値するものなのか、央一には判断できない。飛ばす。次。
《顔や髪型、身長は分からない。覚えてない。(←ツーも見ていないらしい)》
「……ちょっとねこちゃん!『ツー』って誰よ?」
今度は少し間が空いてから、いつもの凛とした声が返って来た。
「誰って、アンタのことだけど? 他に誰か居て? 私とこの話題を共有している人間が」
「いや、そんなこったろうとは思ったけどよォ、何でツーなん? 何で2なん? 俺、央一ぞ? 1だぜ、ワンワーン」
「ナンバーワンは、例の地縛霊の男よ。尺骨茎状突起が私の人生ナイスな一位。アンタは二位に甘んじているから、ツー。ナンバーツーのツー」
「エェーヤダー」
やはり何か気に喰わない。別に好きでこんな順位に居るわけでもないのに「甘んじている」とか言われた日にゃあムカッと来ちゃいマス。大体ただの趣味の中の趣味、独断と偏見なのだから。
「ダダこねたってしょうがないじゃあないの。気持ち悪い、その声音やめてよ」
「エェーヤダヤダー」
「おだまり、
しまいにゃ怒られる。
「チョン切ってソレをアンタの口の中に突っ込むわよ」
「だからそれヤメテ怖い!」
音々子の視線はまるでレーザービーム。すべてを焼き切り払うかのような視線の先にある央一の大事なモノが
と、その時、聞き慣れたチャイムが。
「アンタがふざけてる間にこんな時間だわ、まったく」
「え、マジ? これ何時のチャイムだっけ?」
「四時半よ。もう夕方よ」
色白の細い手首に着けたピンクゴールドメッキの腕時計を指して、ぷりぷりと美少女が怒っている。 チャイムの余韻が完全に消えるのと、プチ怒り娘のため息が霧散するのはほぼ同時であった。
確かに窓の外には影が伸びて来ていて、全体的にワントーン暗い印象の風景になっていた。元気な運動部の掛け声は相変わらず絶えないが、校舎脇の植樹の合間から焼け始めた空が物悲しい。
「……帰りマス?」
何だか興が削がれてしまったような気分だ。田舎町の夕焼けは余計ノスタルジーを駆り立てられる。などと、いかにもな表現を頭に浮かべた央一は生まれてこの方中学の修学旅行以外でこの町を離れたことはない。ちなみに小学校の時分は、加賀百万石の領地内だったのでたとえ県外であろうとまあノーカンといえるだろう。
「ねェ、ねこちゃん?」
起き勉派のバッグを机に置いて、準備万端ヨ、帰っちゃうヨ、というアピールを見せる。
「…………ねこちゃーん?」
しかし音々子はまだ思索の霧中なのか、返事がない。
「…………オーイ?」
どこか遠い目をした音々子の眼前で手をフリフリしてみるが、歯牙にもかけない様子。
深淵の黒い瞳は央一の顔を避け、肩を素通りするのだった。
「もォしもォーし」
「…………アイツだわ」
央一は息を
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