其の七:検証!渡り廊下2
見ていなければ分からないディテールのことよりは印象寄りの質問になる。犯人の見た目から詰めていくことはできそうにないが、今は少しでも目撃者の証言が必要だ。
「うちの学校の先生みたいな、ちゃかちゃかした歩き方ではなかったかもしれないわ。ゆっくりと、……何というか、夢遊病者みたいな感じかしら。そういう症状の人を私は実際に目にしたことはないけれど。手も、少し離れた所からでもずっと目で
「夢遊病……」
ちょっと雲行きが怪しくなってきたな。と、
「あ、それと」
「ン? 何か思い出した?」
珍しく音々子から話を繋げてきた。また重要なことが聞けるか。
「これが、いちばん私分からなくて」
「ウンウン」
「渡り廊下を通るのに、そこの扉から一旦外へ出るでしょう?」
「ああ、そうネ。ねこちゃん、
「アイツ、渡り廊下へ踏み出した途端、『消えた』わ」
ぞくぞく――っと、シャツの中に氷を突っ込まれた気分になる。
央一は大事なことを思い出した。そうなのだ、この執拗なフェチ体質の音々子がじっと、尺骨茎状突起を目で追っている。それなのに、彼女は屋外の渡り廊下で犯人を見失っているのだ。
「じゃあ、ねこちゃんが渡り廊下で捜してたのって――!?」
「姿が見えなくなって、見失った彼を捜していたのよ。あの廊下から下へ落っこちたんじゃないかって思って本当に驚いたわ」
「早く言えよッッ!! こンのおとぼけがァッッ!!」
怒鳴り散らして、頭を抱えて、転がりまわって、手足をジタジタバタバタさせたいところだが、それよりも強く、央一の思考速度が加速する。
(そうしたら、そうしたら、じゃあ、じゃあッ――)
「もしッ! もし覚えてたらでいいんだけど、もう部活に行っちゃけど、あの子! あの子が渡り廊下を行くのを
「あの子というのはさっきのあの子よね? カチューシャをした長い髪の、被害者になってしまった」
「そうそうそうそォーゥッ!!」
出た! 探偵風ポーズ、パート2!
再び音々子は黙考を始めた。自分の頭と、胸と、対話を始めた。
(もしかしたらだけどもしかしたらだけど――)
さっきから央一の全身は鳥肌が止まらない。ついでに寒気も止まらない。おまけに動悸も止まらない。
音々子の返答次第では、この事件は迷宮入りになる。その可能性がある事件の全容を、央一は今、想像している。思いついてしまった。そしてそれが離れない。
「そういえば」
「そういえばッ?」
「掲示板を見ている時に、職員室のドアが一度開いたわ。それで女の子の声で『失礼しました』というのを聞いた。それがきっとその子ね」
「その子の姿は? ねこちゃん見た!?」
「よくよく思い出してみれば見ていたわね。直接ではないけど、ガラスケースやトロフィーに映り込んでいる彼女を見ていたのを思い出したわ」
「風が吹いて来たのは!?」
「そのすぐ後よ」
「トロフィーに男の姿は映ってた!?」
「映り込んではいなかったと思うわ。……トロフィーって円形なのに、映らないのはおかしいわね。私の背後、百二十度くらいは見えそうなものなのに」
「ソレって、おかしくなァーーーいッ!?」
「本当、おかしいわ!!」
央一の予想は的中した。
こんな面妖珍妙なるアイデアが当たるよりかは、近くの競馬場で万馬券でも当てたかった!
「ねこちゃん!」
「その呼び方やめてくれないかしら」
「ゴメンナサイ! この事件はただの殺人未遂事件じゃあねェよッ!」
造形の美しい少女の顔が
「どういうこと?」
「これは、心霊事件だッ!」
そう、心霊事件だ。
それが、この事件の最初の謎の正体だ。
一瞬広がった瞳孔がきらりと光った音々子だったが、しかしまた
「……あの男が、幽霊、だって言いたいの?」
「ああ。だってよォ、消えるんだぜ? ねこちゃんが見た……いや、見えなかった渡り廊下での犯人! そして犯行後、階段に向かったあの男を、俺も見ることが出来なかった。足音さえ、俺は聞いていない!」
「足音……は、……確かに、私も聞いていない気がする」
衝撃を受けた二人の脳と心は、運動部の掛け声ごときにも吹き飛ばされそうだ。足元が瓦解して、果てしなく落下していくような感覚。しかし不思議なことに自分の裏側はふつふつとした何かがあるのも感じた。足裏の感覚を取り戻し、お粗末な渡り廊下を踏み直す。
(おったまげたぜ。幽霊なんかいるんだな、まだ分かんないことばかりだけどよォ……)
「でもっ私は階段の角を曲がったのを見ているのよ? そこにいたアンタが、何ですれ違わないわけがあるのよ!?」
「っ、だァーーーーーーッッ!! まだそれ言うーーーッ!?」
音々子はまだ納得がいかないところがあるようだ。
「幽霊はッ、自分でッ、自由にッ、姿を消すことが出来ンのッ!! それでひとつ
「そうは言っても……」
まっすぐ過ぎてちょいとばかし扱いづらい。
いや、当たり前だ。これまでに遭遇したことのない事象がまさに今日付でこの娘の頭に突然インストールされたのだ。それは完了まで時間がかかるだろう。
「……あの犯人の男が、怪奇現象の一種のものだって言うのは、……それについては私も思い当たる節はあるから、その考えには賛同するわ。でも……」
たまにちらちらと央一の顔を見たり、振り返って職員室前を覗き込んでみたり、遠くをじっと見てみたり。脳ミソがパンク状態なのが一目瞭然でちょっと面白い。その落ち着きのない仕種は文鳥とかの小鳥を彷彿とさせる。
(見た目はカワイイんだけどねー、こういう小難しい件の話し相手にゃ向いてなかったか……)
たった二人分の証言を元につじつま合わせてみたらこうなっただけなのだ。それを、この瞬間に事実として認めろと言われて
少しでも仲間としていられたことが幸せだった。
この場を別れれば、結局、央一はあの日々に戻るのだ。運動場の用具室などに寝っ転がって、あの不可思議な場面を繰り返し思い浮かべながら、跡形もなく消えてしまう犯行が今日もどこかで行われているのだという想像に取りつかれる日々に――。
考えただけで宇宙の果てにほっぽり出される。
(まあいいさ、カワイイ見た目的なものは今のオイラにゃあ必要じゃあないし。なんたって俺は世の女性全員のパンチラの味方だからネ)
黙り込んだままの音々子の前髪を見つめて、そろそろ時間切れ、と央一が口を開けようと思った時、深淵の黒い瞳が上がった。
「分かったわ、アンタの言い分を信じる。……何でそんなマヌケな顔してんのよ。逆にその反応に疑いを持つわよ?」
そう言われて、央一は目と口が思わず開きっぱなしになっていたのに気付き、塞いだ。
央一の予想としては、てっきり、信じてもらえないままずるずるぐちぐち延々と音々子にいちゃもんをつけられるものと考えていたのだ。
「エ、あの、ホント……に?」
「ええ。
なんのこっちゃ。
どんな質問が飛んでくるのだろうか。
「あ、ああ。……ありがとう」
まあ、どんな質問が来ようが、それで彼女が央一を怪しい人間で
央一は、その問いに嘘はつかない、と自分に宣言した。
(別に、嘘つく必要も無いしな)
「いいぜェ、何が聞きたい?」
央一は音々子に向かい合って立った。渡り廊下は風すら我が物顔で通る。
「私が問い
何だかエラく込み入ったようなセリフを並べちゃってくれているが、要するに、央一が音々子にとって味方かどうか、ということが知りたいらしい。
だが、知ったとしても、それが有用であるかどうかは音々子が判断するところであるというのを忘れてはならない。いくら本当のことを央一が腹の底から叫んだとしても、だ。
「で?」
「ズバリ問うわ。アンタは何故ここに居たの? たとえば、誰かを待っていてこの渡り廊下の下なんぞに突っ立っていたの? 動機を教えてちょうだい」
(やっぱりそこかああああああああああああああああ――――!!!!)
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