第6話 機械人形と東の姫巫女(グルドニア王国歴520年)


 数千年後、グルドニア王国東部ウェンリーゼ領


 1

「このポンコツいい加減にあっちに行きなさいよ」

 インヘリットは、足元からユーズレスを見上げ話かける。

『………』

 ユーズレスはインヘリットの声に一切反応せずに、上を向き遠くに見える海鳥の群れを無表情に眺めている。

「この木偶の坊、ノロマ! デカイだけで不細工な取り柄のない役立たず」

 今日のインヘリットはいつにも増して不機嫌であった。

 自分の十歳を祝う誕生パーティーに伯爵当主代行である父(アーモンド)が不在であったり。

 幼なじみで許嫁のジークのプレゼントのセンスが自分の好みに合わなかったこと。

 キツすぎるコルセットに、丈が若干長いドレスのせいで上手くダンスを踊れなかったこと。

 そもそもドレスの色がインヘリットの嫌いな魔道機械人形ユーズレスの瞳の色と同じエメラルドだったことと、理由をあげればキリがない。

『………』

 ユーズレスは慣れた手つきで、大人の背丈ほどの高さの肩にインヘリットを乗せそのまま、中庭からパーティー会場に戻ろうとする。

 インヘリットは、ユーズレスの肩から手まで滑り台にし、猫のように着地した。ユーズレスの腕はインヘリットが幼少頃より彼女専用の滑り台であり、頭、体、足の全てが遊具のようなものである。

「へへーんだ、私があんたみたいな丸くて黄色い不細工な人形に捕まるわけないでしょう」

 インヘリットがユーズレスに向かって石を投げ、ユーズレスの体からは乾いた音が鳴る。

「おやおや、石を投げるなんて野蛮なことはレディのする事かな? 」

 後ろから穏やかな口調で、インヘリットの両目を優しく残された片手で隠す男性がいた。

「お父様! 」

「遅れて悪かったね。会場までは、ユーズの代わりに私がアテンドしましょうか? お姫様」

 当主代行である、アーモンド・ウェンリーゼは愛情に満ちた目でインヘリットを優しく抱き上げる。年は三十近くであり背丈はちょうどユーズレスの肩が目線にくる程度(百八十センチくらい)で、このグルドニア王国では高い背丈である。

「遅いー。今日はインヘリットの御披露目する特別な誕生日会だったのに」

「すまなかったねインヘリット、夜中に迷宮が不安定だという報告があってね。夜明けから少しのつもりだったんだが、悪い魔獣たちを懲らしめていたら、思ったより時間がかかってしまってね」

「ケガしなかった」

「いっぱいしたよ、魔獣たちがね。これで春先までは軍務に出ないで、お姫様と一緒いられるよ」

「本当! お父様強ーい。ねぇねぇ、お話きかせて」

「今日のパーティーで、最後までいいレディでいたら私の武勇伝を話してあげよう」

「約束よ」

 インヘリットはさっきまでの機嫌の悪さも、薄れたような笑顔をみせる。

「それと、ユーズと仲直りしなさい。それよりも、もっと大事にしなさい」

「別に喧嘩してないもん。それにあいつ、のくせに何やったて壊れないし」

「喧嘩というより、あれはなかなか悪質な暴力だね。さっきも言ったけど、人に向かって石を投げるような子は悪い子だね。それに、傷がつかなくてもユーズがかわいそうだろう」

「だってあいつの体叩くと固いから、こっちの手が痛くなるし、かわいそうってそもそも人種じゃないし」

「インヘリット、我が家のおまじない(魔法の言葉)覚えてるね」

 アーモンドは、しゃがみこみインヘリットと視線を合わせる。

「我が一族は人形を遣いし、繁栄と再生を紡ぐ者、魔道の深淵たる魔道機械人形ユーズレスを「最愛の友として扱う」」

「ちゃんと覚えてるよ。5歳の頃から毎日、朝のお祈りみたいに言わされるんだもの」

 インヘリットはアーモンドから、視線をユーズレスに移し目を細くして、口を尖らせた。

「そうか、それで最愛の友に石を投げて喜ぶ人はいるかな? ちなみにラザアは八歳の頃かららしいから、インヘリットの勝ちだね」

「お母様も! でも、全然嬉しくなーい」

「それにほら、ユーズはああ見えて怒ると世界で一番怖いし、強いんだぞ」

「お父様より? 」

「私が百人いても勝てない」

「あのノロマが? ……海の竜王より」

「海王神シーランドかぁ。んー、きっといい勝負するんじゃないかな」

 アーモンドは、ユーズレスを見ながらウインクした。

「ふーん、分かったわ。 石を投げて悪かったわねポンコツ。海王神が来たらお父様と私を全力で守りなさいよこの役立たず」

「ハハッ……それは、謝ってるとは言わないんだけどね。ふぅ、まぁヨシとしよう。未来の婿殿をこれ以上お待たせするのも悪いし、潮風も吹いてきた。寒くなる前に戻るとしよう」

 インヘリットは、新品のヒールを地面にめりこませながらパーティー会場へ走って行った。

「早くしなさいよ、ポンコツ」

 インヘリットは、満面の笑みだった。

「やれやれ全く、どうしてウェンリーゼの女達はこんな落ち着きがないんだか、誰に似たのやら」

『………』

「本当にあの子を選んだんだなユーズ」

『………』

 ユーズレスはエメラルド色の瞳を一回点滅させた。

「出来ることならあの子には、普通のちょっとワガママなお嬢様でいて欲しいんだ。それも、私のワガママかな」

『………』

「あーでも、普通のお嬢様はワガママ言わないか。いや、あの年頃の子はワガママを言うからこそ天使か……やはり君といると一人喋りに聞こえてしまうね。せめて君達が少しでも穏やかに過ごせるよう、君がユーズ(役立たず)のままでいられるよう。私もやれることをやっていこう」

『………』

 ユーズレスは、エメラルド色の瞳を一回点滅させた後、ゆっくりとインヘリットが踏みつけた地面を均しながら、インヘリットあとを追った。

 アーモンドは、二人を見つめながら、タバコに火をつけるか迷い軍服に忘れたことに気が付いた。本来ならば、目の上のタンコブであるアルパイン中将閣下に現場の報告をし、お小言を聞いている時間だか副官のリーセルスが気を利かせてくれたのだ、本人は娘可愛さもあって現場の後処理から逃げてきた節もあったのだが。

「あー、さっきのが本当に最後の一本ってことかな。もっと味わっておけば良かったかな。まぁ、可愛い娘のためならやむ無しだろう」

 アーモンドは、名残惜しそうに指先を見つめる。ポケットから、娘へのプレゼントである指輪ラザアの形見を取り出す。

「海の守護神にして、海王神シーランドよ。麗しき海と水の女神よ。どうか、我が娘と最愛の友ユーズの冒険に大いなる加護があらんことを」

 その日、インヘリット・ウェンリーゼの十歳の誕生日以降、アーモンドは生涯タバコを吸うことはなかった。

 インヘリットがウェンリーゼ家の当主として魔道機械人形ユーズレスの正式な所有者となった日、父から最愛の娘と友のための人知れないささやかな祝福と小さな誓約であった。


『魔道機械人形ユーズレス』この隠されし十番目の機械神は、今日も今日とて空を見上げる。

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