第7話 未完のパラディン(グルドニア王国歴515~500)

「アーモンドなんて、その丸々とした体と一緒で美味しそうな名前ね。まぁ、私は果物のほうが好きだけど」


周りの生徒達、アーモンドの取り巻き、教員達ですら絶句した。

ラザアは悪びれもなく、さほど興味もなさそうだった。隣で佇むユーズレスも、主人同様に無表情でその場を立ち去ろうとした。

だが、王室で温室育ちの代名詞のアーモンドにとっては生涯忘れられない、思い出したくもない衝撃的な言葉だった。

「貴様、たかが辺境の田舎貴族、子爵家の娘の分際で、王族の血を引くこのアーモンド様になんたる無礼だ!王族の権限を持ってそこの人形ともども貴様をにしてやってえええっ」

次の瞬間、ユーズレスの指がアーモンドの目には映り顔には衝撃が走った。アーモンド・グルドニアは生まれて初めて、身体的な痛みを知った。

アーモンドはユーズレスに担がれて、目を覚ました時には、学園の真ん中に裸で寝かされていた。ついでに、王宮から内緒で母上が持たせてくれた金貨が詰まった、グルドニア紋章入りの財布が失われた。

学園期待の新入生、アーモンド・グルドニアは王国中央学園入学初日目にして、「全裸王子」「アンラッキー」「肉車輪」の二つ名がついた。

学園中にアーモンドと、ラザア、ユーズレスの誇張された噂が広まるのは早かった。


あれから十五年、滅多に降らない雪の日にラザアは逝ってしまった。

まだ、五歳になったばかりのインヘリットと夫であるアーモンドを残して…

「御父様、御母様はどうして動かなくなっちゃったの? インヘリットがいい子にしてないから、その病気ってのに負けちゃったの」

インヘリットは、よく分からないと瞳に涙を浮かべた。ラザアによく似た澄んだブルーの瞳をアーモンドは、優しく見つめインヘリットを優しくそっと抱きしめた。

「インヘリットが悪い訳じゃないんだ、誰が悪いわけでもないんだ。ラザアの顔をよくみてごらん。インヘリットのことを見て笑っているだろう」

「でも、でもでも、うわぁーん」

「ごめん。ごめんな、インヘリット……私にはいつも遅い。何も出来なかったんだ、許してくれ」

『………』

ユーズレスはエメラルド色の瞳を一回点滅させた。


きっかけは多岐にあったのかもしれない。


グルドニア王国の東にある海に面した領地、ウェンリーゼ伯爵家は魔導機械を生業とした。技術工業の領地である。

その中でも、王国唯一の人工魔石生成に成功し、人工魔石作成炉を五機第一~五級人工魔石持ち、今や他国に抜きん出ている産業地帯である。炉が出来て二十年余りであるが、ウェンリーゼ家以外の魔導技師でいまだに炉を作れる技師はない。

また、魔導具の発展によって今や魔石は貴族や、商人、小さいものなら平民まで日常生活に使用するものであり、王国のアキレス腱と言ってもいい。

この国の金庫番へ婿養子として、歓迎されずにやってきたのが、アーモンドであった。


2

「アンラッキー」

これは、軍や教会おいて致命的な二つ名だ。

学生が戯れにつけたものであろうが、王国中央学園出身で「賭け狂い国のすねかじり」で有名な第六王子の三男であるアーモンドの名が貴族界隈で耳に入るのは当然である。

学園の学生から、社交に飽きた夫人達に各領地の当主にまで、噂というものは面白いものほど広まるのも早いものだ。

十五歳で現国王の孫ともあれば、各種機関軍部・文官やポストから、他領の縁談などはよほどのことがない限り邪険にはされない。

また、このグルドニア王国は近年目覚ましい発展を遂げている。

そのせいあってか現国王は昨年、高齢を理由に生誕祭の席で、第一王子である皇太子を次期国王に据えると国を挙げて祝っているからである。

内政が安定し、国や国民が豊かになった証拠である。現国王になってからは内戦や隣国との争い等もなく、血筋による王座争いなど夢物語であると誰もが思っている。

そんな平和な時代であれば、王族が来るなればリスクよりも旨みのほうが強いと考えるのが貴族という人種である。


「それで、あなたは何処からも歓迎されてないって訳ね。御坊っちゃま」

「誰かがつけた不吉な呼び名のせいでな」

『……』

「つけたのは、私じゃないわよ。世間の悪意とアーモンドの日頃の行いよ」

「あのなぁ、確かにあの時は私も悪かったと思うが、お前が体のことを言うからついカッとなってだな! だいたい、あの時記憶が曖昧なんだ今だってたまに夢に出てくるんだからな」

『………』

ユーズレスはエメラルドの瞳を三回点滅させる。

「ユーズが、ごめんだってさ。いい子いい子」

「おい! お前も謝れ! それと、思い出したぞ! あの時の金貨どうしたんだ!私はまだ中身を開けてすらいなかったんだぞ」

「えーっと、あんなのとっくに失くなったよ! でも、三年間位は持ったっけ? 王族って儲かるのね。まぁ、私たち善良な王国国民が納めた税だし。元はといえば私のお金でもあるわけだし。だいたいあれは、正式な決闘だしー。決闘には身分差は関係ないって王国八方書にも載ってるしー。

あっ! 分かりました! 分かりました!はい! 一応ごちそう様でした。これでいいでしょ」

「ウェンリーゼ家のお前が言うセリフか、今じゃ国内で四番目に広い領地持ちの伯爵令嬢だろう。ウェンリーゼ伯爵からどうやったらお前みたいな、娘ができるんだ」

「ちゃんとした、娘でーす。御父様は、世界で一番私が可愛いって言ってまーす。それに、そういうのを【風評】被害って言うんだってユーズが昔言ってた」

『………』

誇らしげなユーズレスとは裏腹に、ラザアの無邪気すぎる笑顔にアーモンドは、心の何処かですでに回収を諦めているようだ。

「はぁ、【風評】? 風の女神の洗礼か? 言葉の意味はよく分からんがなんか違う気がするぞ。ところで、その前から聞こうと思ってたんだが、そのポンコ……じゃなかった。機械人形が何言ってるか、お前分かるのか?」

「うーん、分かるよ。分かるって言うより、なんか感覚的に聞こえるっていうか、表情とかかな、いつも無表情だけど、一緒にいると分かるんだよ。その感情っていうか、この子の言いたいことや伝えないことがね。でも何となくだけど小さい時のほうがよく分かったし、聴こえた気がするなー。この子はね、普段眠そうで、やることがちょっと遅いけど、いざというときは強くて、私のことを理解してくれる最高の彼氏兼抱き枕なのよ」

「カッ……彼氏」

「そっ!最高の恋人よ。ね! ユーズ」

『………』

ユーズレスはエメラルドの瞳を一回点滅した。

「それに、知ってるよ。みんなが私のこと、機械姫っていって変人扱いしてるの。どうせみんなにかわって卒業前に聞いてこいって言われたんでしょ。意地悪いなぁ」

「なっ! そっ、そんなことはない! 断じてそんなことはないぞ! 」

「本当に? 」

「あぁ、勿論、この身にかえて! 我が主神である土の女神と、初代グルドニア国王アートレイに誓おう! 」

「そこまでして、貰わなくても別にいいんですけど。なんか、【キモっ】」

「肝?なんの肝だ? よく分からないが、体に悪そうだ」

「あれー? 思春期男子の心を折る失われし最凶の古代呪文ってユーズが言ってたんだけどな? やっぱり、ウェンリーゼに比べて中央は魔力の大気中の伝導率が落ちるのかしら、それとも呪文を間違えたかしら? これはウェンリーゼに帰ったら研究が必要ね!」

『………』

「おい! そんな厄災級の呪文を軽々しくつかうな」

アーモンドは顔を強張らせた。

「ところで何の用で来たのかしら、卒業まで三ノ月しかないから帰り支度とか、お土産買って馬車で送ったり、鍛冶屋のウォルンさんのところに顔出したり、薬屋のメルビンとお茶したり、エセ魔導師のウィルコムさんから共同研究費を巻き上げたり、ユーズに卒業論文添削して貰ったり、自分のお土産買ったり、酒場で歌の依頼が殺到してたり、ミスグルドニアは忙しいんだけど」

「もう、色々あれだが、なんだその! あれだ! 」

アーモンドは、視線下に一度落とした。


「何? 」

ラザアの視線は、軽く古代魔法を凌駕した。

「くっ! ラザア・ウェンリーゼ! 」

剣帝アーモンドは古代呪文に怯まなかった。学園序列一位の叫びは…

「許嫁はいるのかぁぁぁー! 」

ラザアの古代魔法を切り裂いた。

『………』

「はぁ! ちょっ、何よイキナリ」

ラザアは怯んだ。

「決まった男はいるのか! それとも好いた男がいるのか! どうなんだ! 」

「なぁ、いるわよ! 婚約者の一人や二人位」

「なっ! 二人もいるのか! くっ! 腐っても、伯爵令嬢ということか」

剣帝アーモンドは、見えない音の刃に二度切られた。剣帝アーモンドは、静かに眠りにつこうとしていた。

「いやっ! ちょっとえっ、によなによ、いない、いなにゃいわゃよ」

「はっ? 」

剣帝アーモンドは瞼にちからを込めた。

「いないっていってんのよ!この全裸王子、アンラッキー、肉車輪」

現代魔法の三重復唱魔法は、剣帝アーモンドには効果がないようだ。剣帝アーモンドは、かつてないほど主神である地の女神に祈りを捧げた。神の加護により剣帝アーモンドは、聖なる騎士アーモンドパラディンとして甦った。

「機械人形ユーズ! 」

『………』

「ラザア・ウェンリーゼ嬢の彼氏恋人なる貴殿に、決闘を申し込む」

聖なる騎士アーモンドは、《混乱》の呪文に似た言葉を発した。

『………』

ユーズレスは、混乱を弾いた。拠点防衛型魔道機械人形ユーズレスには、特殊条件下における魔法以外の状態異常は一切無効である。

「はぁぁ~、はぁ~」

ラザアはかつてないほどに、混乱している。

聖なる騎士アーモンドパラディンは、さらに複数の女神たちの加護を受けた。

「これは、王国八方書に乗っ取った正式な決闘である。王国貴族たるもの法に背けば、それ相応の対価を要求する」

「ちょっと、お願いお願いだから一回タンマ! ねっね! お願い、ストップ! ストップ! 落ち着きましょう。アーモンド」

「私は至って冷静だ! 」

女神たちは《時間停止》古代魔法を【レジスト】した。空間の魔力濃度は著しく低下した。学園中の魔導具の稼働に支障をきたした。


『………』

ユーズレスは、エメラルドの瞳を一回点滅させた。

「ちょっとユーズも待ってよ」

「ほう、どうやら了承頂いたようだな。貴殿にも王国貴族としての誇りがあるようだ。流石は同じ女性を愛するだけのことはある。今までの機械人形呼ばわりしたこと、王族として、いや、一人の男として詫びよう」

『………』

ユーズレスはエメラルドの瞳を一回点滅させた。

「愛するって……」

ラザアは目の前が真っ暗になった。若干十五歳の少女には、神代光魔法(愛の言葉)への耐性が極端に低いようだった。


アーモンドがプロポーズ決闘をしようと決意したその夜、ルームメートであるリーセルスから、忘れていった純白の手袋と王室紋章が入った密書が渡された。


西の姫獣王の姫君との婚約を命ずる


聖なる騎士アーモンドは目の前が真っ暗になった。


その日、学園中の魔力が一時的に失くなり、王国は中央では、約三百年ぶりとなる警戒令クリムゾンレッドを発令した。今世の平和主義者であった現国王としては冠位後、初の王国を揺るがす事件である。


ユーズレスは今日も今日とて、空を見上げている。

グルドニア王国歴505年

学園魔力欠乏症(マナロスト)事件は、他国からの諜報員によるテロ?生徒の誘拐未遂などと真相は明らかになっていない。

後の世では、国王崩御、王都奪還、ウェンリーゼ領での海王神祭典、人工魔石作成炉二号機の暴発、通称マナバーンに次ぐ歴史であるとユーズレスには記された。


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