第2話 王宮にて(1)


今後の予定……一応これでも俺は乙女ゲームの攻略対象キャラだ。しばらくすると主人公と接触することになるだろう。だが1年近く時間があるようだから、それまではこの世界に慣れる必要があるだろうな。だが俺には1つ、引っかかっている要素があるのだ。


ーーーそう、実は俺にも、このゲームの中に推しがいたのだ。


攻略対象である男性でなく、ちょいキャラとして主人公を少し助けるような女性キャラだ。ただ……


「名前がっ……出てこない………」


漫画やアニメのオタクでもある俺にとっては信じられないような失態だ。すごく、ものすごく、可愛かったのは覚えているのだが……1人で頭を抱えて唸っていると扉をノックする音が部屋に響いた。


「アステル様、よろしいでしょうか。」


ものすごく通る声だ。覚え間違いでなければ、クルードだろう。


「大丈夫だ。」


俺は短く答えクルードを部屋に通した。だが彼の表情を見て嫌な予感を察した。すごく言いにくそうな顔をしている。その口から何が飛び出して来るのだろうと身構えていると、


「実はその、ご主人様から、アステル様を王宮に連れてこいとのご命令が……」

「……王宮?」


かくして俺は馬車に揺られながら王宮に向かっている。何故俺が、公爵家の当主の命令で、王族の住まう王宮に向かうのか。その理由は聞いて呆れるものだった。俺の父親である公爵家当主は仕事で王宮に滞在していたそうだ。その時、息子である俺が目覚めたと聞いて、今すぐ会いたいと言い出したそうだ。だが彼にも仕事があるから家に帰ることはできない。ならお前の方がこっちへ来い。らしい。本当に意味が分からない……。さすがに親バカ過ぎないか…?

王宮となれば貴族もたくさんいるだろうし……。だけど俺、国内の貴族の中でもトップだった気が……。もしかして怯える必要ないんじゃ?!?!

色々考えていると馬車が止まった。どうやら王宮に着いてしまったようだ。



「アステル!!!目が覚めたようで良かったぞ!!」


ガハハみたいな、漫画に出てきそうな笑い方するなこのおじさ…ゴホン父上。王宮に着くと応接間のような場所に案内された。部屋に入るやいなや、これである。酒場でだる絡みしてくるおじさんみたいだな。ガタイもいいし…。一応お偉いさんなんだろうけど。今日からこの人が俺の父親か……。正直言うと、疲れそう。だが悪い人ではないだろう。俺への心遣いも垣間見えはする。一応。

クルード曰く、アステルは常に真顔でほとんど言葉を発する事も無かったから、父親と話す機会があっても、そんなに緊張せず真顔を続けてき聞き流せばいいと言われた。楽でいい。


「じゃあ俺はまだ仕事残ってるからここらで。もう少ししたら帰れるから、ミリーユにもよろしくな!!」


俺と話せたのが余程嬉しかったのか上機嫌で父親は部屋を出ていった。俺ほとんど言葉発していなかったのにそんなに嬉しかったのか……?

俺も応接間にいる必要はなくなったため部屋から出る。だが、せっかく王宮に来たのだ。すこーし探索してみたいという好奇心が出てきてしまった。少しなら……。そう思い歩いているといつの間にか庭園に来ていた。


「ぐすっ……ぐす…」


…泣き声?

庭園をしばらく歩いているとどこからが泣き声が聞こえてきた。声が聞こえる方に歩いていくと、物陰にあるベンチに1人の少女が腰掛け、泣いていた。

その少女に俺は既視感を覚える。ボブカットの淡い金髪に、桜色の瞳。年齢は15歳くらいだろうか。ゲームの登場キャラな気がする。だがどうしても名前が出てこない。いた気がするんだけど………


「あのっっ!」


急に目の前の少女に声をかけられ、俺ははっとする。冷静に考えれば、彼女は全く知らない男(俺)にじろじろ見られているのだ。嫌だよな!!!


「申し訳ございません。じろじろと見てしまって…」


こういうときは素直に謝れと妹が言ってた!…気がする!


「あっ、あの!お気に…なさらず……。ただ泣いているところを見られたのが恥ずかしくて……。」


少女は顔を小さな手で隠しながら横を向いた。その耳と頬は微かに赤く染まっていた。ものすごく可愛い。


「俺はディアウェルド公爵家のアステルです。もし、嫌でなければですが、その、泣いていた理由を伺っても……?」


しまった!!口が勝手に……!!だが泣いている美少女を1人にしておくなんて……。そう思いながら少女の方を見ると彼女は目をぱちくりしてこちらを見上げていた。


「あっ、えっと、その、泣いていた理由は………。あっその前に!アステル…様?立っておられるのも大変でしょうし、お隣にお座り下さい!」


彼女に言われ俺は初めて、立ったまま見下ろすような状態で話しかけていたことに気がついた。そして彼女に促されるがまま、ベンチに腰掛けた。


「そのっ、先程まで社交レッスンをしておりまして、なのに私、失敗ばかりしてしまうんです…。だめなところもわかって、いるのですが、どうしても……。私、緊張してしまうと本当にだめなんです。治さなきゃって、思っているのに。全然治せぬまま15になってしまって…。本当に私はだめな子なんです……。」


少女は泣きそうになりながら話した。が、俺からすれば、そんな泣くようなことか?!と思ってしまった。緊張するのは悪いことではないし、その性格ときちんと向き合いばどうとでもなるはずだ。まぁ俺の意見だがな。俺は極度の楽観視人間なのだ。だが彼女も相当悩んでいるらしいから、何も言い出せない。俺に出来るのはせいぜい相槌を打つだけだ。


「そっ、そうですわ!あの、初対面の方にお願いすることではないのですが、その、少し練習をさせていただけないでしょうか!」

「え……。何の………?」


突然の提案に俺は敬語を忘れてしまった。


「人とお話するのが苦手なのです。ですので!!私とお話する練習をして頂きたくて…っ!!」


彼女なりに頑張って提案したのだろう。ものすごく真っ赤になりながら俺に頭を下げた。やはりかわいい。

じゃないじゃない。しっかり返事をしないと……。かわいい女の子の前だ。格好悪いことは出来ない。ここは少しくらいかっこつけさせてもらおう。


「いいですよ」


ここで笑いかける!!そう。俺はなんて言ったって乙女ゲームのキャラ、アステルなのだ。顔だけは無駄に良い。きっと笑顔の破壊力はすごいだろう。

そう思いながら彼女を見ると、彼女は一瞬びっくりしたような目でこちらを見て、すぐに真っ赤な顔を手で覆いながら反対側を向いてしまった。その後しばらくして、震えるような小さな声で


「ありがとう…ございます……」


と言った。

……かわいすぎる。そう照れられるとこちらまで恥ずかしくなりそうだ。そういえばこの子の名前知らないな。そう思い名前を聞いてみようと声をかけようとしたがそれは叶わなかった。


「リトリシエ!!!!!!」


少し離れたところから1人の男性がこちらを向いて叫んでいる。


「お兄様………?!」


少女は小さく呟いた。彼女の名前はリトリシエというのか……。ん?リトリシエどこかで聞き覚えが………。


「リトリシエ、母上がお呼びだ。行け。」

「わっ、わかり、ましたっ!」


男に命令されリトリシエと呼ばれた少女は庭園を小走りで去っていった。そして庭園に残されたのはその男と俺の2人になった。


「そこのお前」


とても低く頭に響くような声で男は言う。そこのお前、というのは俺しかいないよな……。


「少し、話があるんだ」


男は俺の目を真っ直ぐに見つめ笑っている。だがその目は笑っていない。俺は何かやらかしてしまったのだろうか………。

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何故か俺が乙女ゲームの世界に転生してしまったので、主人公を差し置いてモブ美少女を溺愛します。 @coco0103

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