第十話 破局

「おつかれマーサ」

「おかえりなさいマーサさん」




 朝の早い時間、サンドラとマルガレータさんの声でマーサさんが帰ってきたことを確認する。


「マーサさんお疲れ様です!」


 二階から降りてきてマーサさんを迎えようとしたところ、空気が変わった。




『パストフィリア』


 平然とした表情で僕に魔法を放ってくるマーサ。間に合ってなかったら絶対に死んでいた威力だ。


「なにしてんだマーサ! 今のは冗談でも許されないぞ!」

「冗談じゃないわよ、コイツが去らないなら殺すわ」

「何言ってんだ! やめろ! おいマルガレータも抑えるのを手伝ってくれ!」


 サンドラが危険を察知してマーサを抑える。それにマルガレータも加わって魔法が動かせない状態になった。


「簒奪者を庇わないで! ソイツは敵よ? 殺すべき存在なの!」

「何言ってるんだマーサ! 頭がおかしくなったのか!?」

「…………………………」

「きゃっ!」


 マーサがマルガレータとサンドラを強引に吹っ飛ばして無理やり立ち上がる。


「そっか、あなたたちの心も奪われたのね」

「逃げろアレク! 時間を稼ぐ!」


 これは絶対にやばいとサンドラに言われて気づき、慌てて走り出す。


「マーサさん落ち着いて! ほんとにどうしちゃったの?」

「遅かった………… 待っててね二人とも、平穏な日常はコイツを殺したら戻ってくるから」

「やめてっっっ!!!」

「…………………………」


『オブリビオール』


「レータ!!!」


 っっっっ! 後ろでマルガレータが倒れるのが見えてしまった。でもここで止まったら殺されるから足を止められない。

 マーサは早い、絶対に僕じゃ追いつかれてしまう。


「まだ慣れてないけどやってみるしか………… 『脚部強化スピード』」


 結構足が軽くなった気がする。これなら大丈夫だな…………

 街を高速で駆ける。マルガレータが心配だ。でも僕じゃ勝てない。


「こんなことできるのは………… ルータスだけだ」


 逸る足を王の城へ向ける。この速度なら人が出始め迷惑になる前に着きそうだ。


――――――――――――


――――――――


――――


 王城にたどり着くが、まだ門は開いていなかった。


「この高さなら飛んで入れるな…………」


 スピードバフをもう一段掛けて飛んでみると、案外するっと入ることができた。


「ルータスの部屋は二階層の最奥だったはず」


 まだ城は静まり返っているから人に見つかる心配はない。二分ほど歩いたところルータスの部屋はあった。


「起きろルータス」


 静かな怒りが声に滲む。どう頑張っても怒りが抑えられない。


「あぁ、思わぬ来客だ。だが残念ながら俺は起きている。愚図なお前と違ってな」

「黙れ」

「お兄様に向かって失礼だなぁアレクサンダー、そのように躾をした覚えはないぞ?」


 こいつだけは殺す、聖剣を背中から抜いて襲い掛かる。




――――キンッ


 聖剣が何もないところにはじかれる。


「聖剣もこの仕掛けの前には無力なようだ。それより国王の前でいいのか? 死刑だぞ?」

「何をしたんだ」

「なにいってるんだぁ?」

「マーサに何をした! 昔からやっていいことと悪いことの判断ぐらいしろやクソボケ!」


 ルータスのニヤっとした笑顔が引き攣る。


「ざーんねんだアレクサンダー。お前は重犯罪で国外追放とする。あぁ、破れば死刑、そして今すぐ執行だ! 逃げ切る前に殺しちまえワーキヤ!!」

「はっ! 今すぐ」


 上からワーキヤが振ってくる。サンドラに倣ったステップを使って距離をとるがワーキヤも負けじと襲いかかってくる。


「何をためらってるワーキヤ! 今すぐあれを使え!」

「で、でもあれは体に反動が大きいからと…………」

「犯罪者を逃がしていいのか? 今すぐ使え!」

「はいっ!」


 ワーキヤがヤバそうなアイテムを腕に突き刺す。

 …………するとワーキヤが恐ろしい声で発狂し始める。直感が言っている、これはヤバイ。


「アレクサンダァァァァァァァァァァァァ」


 地面が震える。城の人たちも慌てた様子で周囲を見に来る。


「はははははっ! 愉快だなぁ! おいワーキヤ、そいつは危険だ。城が傷つくから外に追い出せ!」

「はっ!」


 本日二度目の死の予兆。それにワーキヤに罪はないから殺すわけにもいかない。ルータスを守っているワーキヤだったが、勝ちを確信したのか襲い掛かってくる。


脚部強化スピード


「あぁ、サンドラとマルガレータって奴も殺しておけ、アイツらがいるとマーサって女が俺を殺しに来る可能性がある」


 ふざけるな、あの二人だけは殺させない。そう思うと聖剣が光り輝く。


「聖剣、厄介だろうが頑張ってくれ。じゃあ俺は寝る」

「おい! 逃げんなこのクソ野郎!」


 捨て台詞を吐かれて満足したルータスはどこからか現れた通路に消えていく。ここにいるのはワーキヤと僕、そして侍女と執事だけ。


「ワーキヤなんかに追いつけるかな?」

「黙れ金食い虫、ここで死ねぇぇぇぇ」


 ワーキヤは理性が薄れているのかルータスの部屋にあった剣を振り回している。

 ここは場所が悪い、戦略的撤退だ。

 一番近くの窓に突撃して突き破る。痛いなんて言ってられない、飛び降りた先が地面であることを確認して精一杯ジャンプする。


――――ドサッ


 鈍い痛みが体に広がる。マルガレータに倣った魔法を自分にかける。うん、痛みが和らいだ。


「逃がすと思ったか?」


 ワーキヤが飛び下りてくる。昔のワーキヤならありえない。いったいルータスになにをされたんだ…………

 さっき取り落とした聖剣を拾いなおして応戦する。さっきと違ってここは何もない。さらに光を放つ聖剣に身を任せ、切り付け続ける。


「グっ………… まズい。」


 さらに何かを取り出すワーキヤを止めにかかるが止められない。


「マーサ、こい。城の庭だ」

「やめろ!」


 ワーキヤの腕を切れなかった。だって相手は人だ、戦闘不能にすることが限界に決まっている。


「あトは時間稼ぎダ。『筋力強化ストレングス++』」


 やばい、絶対やばい。敵の剣速が上がり続ける。相手は確実に殺す気だ。

 殺せない、殺してはいけない。だってワーキヤは何も悪くないのだから。


『セイクリッド!』


 もう後戻りはできないから最後の魔法を使う。セイクリッドはあの後使うたびに倒れている。どうか………… 決まってくれ!


「うぁああ! 目が! 目がぁぁぁぁぁぁ!!!」


 うまく………… いった…………


――――――――


――――


「簒奪者アレクサンダー、何をしているのかしら?」


 なじみ深かった人間が僕の襟首を掴み上げて僕を投げる。だらしない態勢で倒れた僕はもうどうにもできない。


「ワーキヤは戦闘不能にされたのね………… 可哀そうに………… 私が代わりに殺すわ」


 死の足音が響く。なぜだか記憶が走馬灯のように流れていく。


「ふふっ…………」

「なに笑ってるの」

「だって、マーサさんと囲む食事は楽しかったなって」

「なにそれ、そんなことした覚えないけど」


 やっぱりルータスに何かされたのか、僕は守れなかったってことだ。


「…………ただの仲間です!、が被って一緒に笑ったよね」

「だからそんなことしてないんだけど」

「そっか、じゃあね」


 アイツに殺されるよりもずっとずっとマシだ。殺してくれるのがマーサでよかった。


「じゃあ、死のうか」

「待て! やめろ!」

「サンドラ!」

「ごめん、仲間を傷つけることはできない。だから無事を祈る」


 そういってサンドラは魔法を唱えた。




『テレポート!!!』

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