第九話 揃わない仲間
「わぁ! おいしいですね!」
店員さんを二人で抑え込んでハニーブレッドを食べる。
「よかった、まぁ口に合わないなんて言ってたら刺してたかもしれないけどね」
そういって食事用のナイフを向けてくるマーサさん。めっちゃ迫力あって怖いです。
「ごめん、さすがに冗談。そんな恐怖に満ちたような顔をしないで頂戴?」
「マーサさんならやりそうだなと思ってしまって……」
「あらぁー、やっていいのね?」
「ごめんなさいごめんなさい!」
マーサさん強し。確かに僕に対してある程度心は開いてくれたみたいだが、その落ち着いた表情の奥底には危険だと感じたら殺すという覇気が感じられるのだ。
王族の時にずっと見てきたからわかる。あれは誰かを殺せる目だ。だけどマーサさんはあの人たちとは違う、大事な人を守りたいという意思が見えるのだ。
「強いですねマーサさん、仲間のためなら本当に殺せる人だ。これじゃもし僕が悪人だったとしても近づけませんね」
「そうね、殺すときは殺すわ。まだしたことないけど」
「まぁいいわ、あなたが優しい人なのは分かった。じゃあうちの祖父に簒奪者なんて吹き込んだのは誰? その顔だとおぼえがあるようだけど」
マーサさんに目に鋭い光が走る。殺意とは違う、王族の人たちのしていた目とも違う、噓を見抜く目だ。
「どうせ隠してても意味ないでしょ? パーティーになりたいならそこらへんもフリーにしてないと五年の差は追いつけない」
「わかってる…………多分ルータスだよ」
「そう、ならいいわ。行きましょう」
「えっ」
「うちの祖父には言っておくわ、簒奪者は彼じゃないって。それに、あなただって兄弟げんかをきっかけに戦争する気なんてないでしょ?」
そういってマーサさんはテキパキと食べ終わった器を下げて持っていく。
この見通しのよさがパーティーを支えているんだなと思った瞬間だった。
「ありがとうございました~」
店員さんに送られて店を出る。するとそこにはある来客がいた。
「マーサ様、ここにいられましたか……あぁ、お前もいたとは予想外だ」
「…………ワーキヤ、ルータスの付き添いはしなくていいのか?」
ワーキヤ、ルータスの側近。ルータスを信頼しているが、僕に対して冷たい態度はそこまでなかった人間だ。だが、今の彼の眼は明らかな侮蔑だ。
「残念ながら今はお前に用事はないんだ。離れていてくれないか」
「いえ、アレクも一緒に聞かせてもらうわ。街中で話すぐらいなんだから別に大した用事じゃないんでしょう?」
ワーキヤがしわくちゃな顔をさらに歪める。昔はこんな顔をしなかったのに…………
「あーまぁいいでしょう。別に聞かれて損するものでもない。てことでマーサ=ルートム、あなたには王宮への緊急招集がかかってる。純粋な王の興味だ。ぜひとも来てほしい」
「お断りします」
ワーキヤが一枚の紙をペラペラと揺らす。それを華麗にはらってマーサさんは歩き出す。
「よくみろ、祖父のサインもついているぞ。つまり祖父も許可済み、そして同じく出席するということだ」
「…………………………」
マーサさんの足が止まる。確かに紙にはダマサレー=ルートムの名前が書いてある。
「そ、用意周到ね」
「どうするんですか? 僕は【カサブランカ】のみんなにも伝えときますよ」
「もちろん別に罪に問うなどはしない。だが、国王が待っているのにいかないというのも失礼ではないだろうか?」
日が沈みかけている屋根の下、三人の会話を聞いているものは他にいない。
「わかりました。いきます」
「じゃあ今すぐいこうか、あぁもちろん夜になった場合の宿もこちらで用意しておく。なんの心配もいらない」
マーサさんはワーキヤに連れられて歩みを進める。マーサさんはワーキヤ程度に騙される人じゃない。だけど、一抹の不安がよぎった。
「ワーキヤ、マーサを襲ったら許しはしないからな」
「黙れ、お前のようにそんなことをするわけないだろう」
「お前のように?」
「これ以上お前と話す気はわかない、あぁ機嫌が悪くなった。さっさといこう」
マーサを連れていくワーキヤの背中をみて、僕の不安がより大きくなってしまった。
――――まだ僕には兄に歯向かう強さがないという弱さの証だったのかもしれない。
◇◇◇
「ただいまです」
「おかえりー。あれ、マーサは?」
「大丈夫か!? うまくいかなかったのか?」
宿に戻ると二人がちょうど下で雑談していたようで、僕に近寄ってくる。
「マーサさんとはうまくいったと思う。でも、帰りがけに王国の人に連れていかれた」
僕はあったことを端的に説明する。ワーキヤのことは民衆に知られているような名前ではないので出さなかった。
「そうか、まぁマーサからも聞くよ。マーサは強いから襲われるなんてないと思うし」
「そうですね、とりあえず待ってみましょ」
ワーキヤの違和感、それはなんだったのだろうとこの後も考えてみたがわからなかった。
ただ一つ言えるのはマーサさんは強くて優しい。多分きっと何もないだろうと思って僕は目を閉じた。
――――次の日、マーサさんは何事もなかったように戻ってきた。
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