第六話 闇夜に紛れて

~ルータスの部屋にて~




「ワーキヤ、状況はどうだ」


 唯一ルータスの裏の顔を知るワーキヤがテキパキと資料を渡し一部を読み上げていく。


「はっ! アレクサンダーは最近まで時期勇者候補と言われていたサンドラ=シズ=トーラスの率いる【カサブランカ】に拾われた模様です」

「そうか。そのままパーティーメンバーを教えろ」


 露骨に嫌な顔をして椅子を蹴るルータス、それによって落ちた資料を流れるようにワーキヤが元に戻している。


「はい。パーティーメンバーは二名で、一人目はマーサ=ルートムで職業は光の走者スピードスターです。まだアレクサンダーを警戒してる様子を見受けられます。そして二人目はマルガレータ=ミヌーサ、魔法使いです。こちらは一転してある程度アレクサンダーを受け入れております」

「アレクサンダーの状況はどうだ」


 普段の態度からは考えられないであろう態度をするルータスに、ワーキヤは最初のほうこそ困惑していたものの、最近は対処法を知ったことで完全にいなしている。


「アレクサンダーは最近一般的な戦闘をこなせるようになった模様です。聖剣は謎が多いので使いこなせているのかは不明です。しかし、着実に強くなっているためこのままカサブランカと共に行動していれば一か月以内に魔王討伐の旅に出る実力を会得すると思われます」


 そういうとルータスは悪いことを考えるときに見せる表情と、怒り狂ったときに見せる表情をないまぜにしたような顔をしている。




 ルータスはアレクサンダーの失脚を狙っている。理由はいくつかあるが、一番は王の権威だ。

 魔王討伐をした勇者というのは世界的に見て強い立場を得る、そのような立場で今までの行動を告発すればルータスは間違いなく処刑される。それだけは絶対に避けなければならない。


「そういえば、サンドラというのはあの時俺に頼みに来た冒険者か?」

「はい、そうでございます。あの際に聖剣の力が発現してアレクサンダーは勇者となりました」

「黙れ。その話はやめろ」


 その話をするとルータスは露骨に嫌な顔をした。ルータスはアレクサンダーが勇者になると知っていたらこの件を自分で処理をしていたかと聞かれた際には冒険者を追い出していたと即答していたのだ。多分どっちに対してもいい感情は抱いていない。


「サンドラに関してですが他のものよりも情報が少ないです。ただアレクサンダーを友人として認識していて、気に入っているようです。もちろんそこに一切の嫉妬があるようにも感じられないと影武者の一人が言っておりました」

「そうか、使えないか」


 失望するルータス、ワーキヤはその間に資料を流し見て一つのことに気づく。


「マーサは王族の祖父がいます。そのことからルータスに対して強い不信感を抱いている可能性が、そこに祖父を利用すれば仲間としての維持は難しいのではないでしょうか」

「ふむ…………そうだな、それはいい案だ。それでいこう」

「でしたら早急に祖父との会食の場を用意します」


 ルータスが再び邪悪な顔をし始めたところでワーキヤは片づけを始める。ワーキヤ自身にアレクサンダーに対して思うところはないため、無駄に陥れるようなことはするつもりはないようだ。

 などと思っていたところ、ルータスは別の話題を出す。


「それと別の件がある。最近テスラ国のほうで国の重鎮の娘の一人、『シャーレ=テスラ』を結婚させる動きが出ているらしい。それに乗じてこちらも動こうと思う」

「そうですか、でしたらそのように手配します」


 電磁国テスラ、国の影響力はフィオ王国を上回る大国だ。この機会に便乗できれば非常に大きな利益となるだろう。それを見越してルータスはワーキヤに縁組の準備を進めるように伝えた。

 そういうところだけは頭が回るのがルータスなのだ。


「そういえばルータス様はなぜアレクサンダー様をそこまで恨んでいらっしゃるのですか?」


 それで話は終わったと見たワーキヤは、ベッドの上に転がった紙や資料をかき集めながら聞きたかったことをしれっと聞いてみる。


「ワーキヤ、わざわざそのことを言う必要があるか? 王様には絶対服従だとは言わない。だが踏み込んでいいラインがあるだろう」


 するとルータスの逆鱗に触れたのか彼は静かな怒りを醸し出し始めた。それを形容するならもはや邪悪を煮詰めたかのようなドロドロさで、思わずワーキヤは身震いをしてしまう。


「はっ! 大変申し訳ございませんでした」

「…………まぁいい、それよりも渡したいものがある」

「わ、わかりました」


 そういうとルータスは立ち上がり奥のロック付きの扉に手をかけた。

 そのまま呪文のような何かを唱えるとその扉は静かに空き、いくつかの物体がそこに確認できた。


「これをマーサに渡せ、あとこれはお前にだ」

「はいわかりま………… した」




 ――――ワーキヤはアレクサンダーに対して深い恨みを持っていた。


 彼は邪知暴虐の限りを尽くす人道に反したモンスターで、悪いこと以外何もできない真正のクズだった。


 彼に迷惑をこうむった人間は数知れず、ワーキヤもその中の一人だった。


 そんな彼が勇者なんてあっていいはずがない。これはきっと何かの間違いだ。

 

 だからこれは復讐なのだ、傲慢で何も成し遂げなかった最低な野郎への復讐。

 ルータス様は笑顔でお送りくださった。ルータス様は昔から笑顔いっぱいの最高の人間だった。


 すべてを間違えているあの人間を闇夜に紛れて暗殺する。

 そのためにはマーサが不可欠だろう。そうこれは、悪政の限りを尽くした王族への復讐の第一幕なのだ。


 ワーキヤはそうして、アレクサンダーを殺すための準備へとそそくさと走り出したのだった。


 邪悪な笑みを浮かべるルータスを残して。

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