第五話 酒場にて

 マルガレータさんが酒瓶を大量に空っぽにしながらも更に酒をあおっている。




「サンドラは誰にでも優しすぎるんですよぉ!」


 顔がもうすでに真っ赤なのにも関わらずまだ飲んでるマルガレータさんに流石にサンドラさんが止めに入る。


「やめとけってマルガレータ。今日はいつにもまして酒癖が悪いぞ?」

「だってだってだって! この一週間クエストに行かなかったせいで飲みにもこれなかったじゃない!」

「ぐっ………… 申し訳ない…………」


 そう、僕が戦えなかったら困るからとサンドラは一週間まるまる訓練に費やしてくれた。そのせいで収入が入ってこず節約していたらしい。


「アレクさんはまぁいいです! でもサンドラは許しません!!! 私だって無賃労働したんですからもっと労ってください!!!」


 そういってマルガレータさんはサンドラにもたれかかってつついている。サンドラはというと乙女心がわかっているのかそれとも仲間だから通じ合っているのかいい感じにマルガレータさんのいちゃいちゃをいなしながら僕に会話を振ってくる。


「ごめんねアレク、レータは結構悪酔いするタイプなんだよ」

「別に気にしないよーサンドラ。そ ん な こ と よ り、レータ呼びするなんておアツいねぇ?」

「あっ…… レータが2人の時はこう言って欲しいって言うからね。うーんマーサの前では口を滑らさないようにしてるんだけどなぁ」

「もーぉアレクさんの前で口滑らせるなんてサンドラも気が置けないねぇ」

「意味ちがってんぞー」


(お酒ってこんなのなんだなぁ)


 思考がぼんやりしているけど気にならないような感覚が全身を支配している。さっきまで満員だった店は一人また一人と退席していき空きができていく。


「サンドラそろそろ帰らなくて大丈夫なの? マーサさんは?」

「そうだなぁといいたいところなんだが、コレがあるんだよ」


 サンドラさんが自分の肩を指さすので見てみると、マルガレータさんが寄りかかって眠っている。


「さっきまで元気いっぱいだったのにもう寝ちゃったんですね」

「ははっ、いつもがんばってくれてるからあんまり言えないんだよ」

「じゃあもう少し待ちましょうか」

「そうだな」


 気まずくない沈黙が流れる。男子同士だからこそできる会話ってあるよね? ということでちょっとだけ踏み込んだ話題を出してみることにした。


「ねえサンドラ? 二人のことは気づいてるんでしょ?」

「んあ、いったいなんのことだ?」

「誤魔化してもダメだって! どっちが好きなの?」


 恋愛雑談。王宮じゃ絶対にできなかった話題なので実はすごく楽しみにしていた。周りの席の人はもう軒並みかえってしまったか眠ってしまっているので聞き耳を立てている人はいない。角のほうの4人席でひっそりと始まる、とってもワクワクする。


「ま、まぁあいつらが好意を持ってくれてるのはわかる。でも、でもな、別に嫌いなわけじゃないし大事だと思ってる。でも二人のうちどっちかしか選べないわけでもないし、それで旅を終わることになったら悲しいなって思うんだよ。だから、俺は答えを出さないつもりでいる」

「どっちも選ばないかぁ、どっちにも酷だけどどっちも苦しまない。そんな選択って感じがする」

「まぁ、俺だけが選ぶ側じゃないしな、今言えるのはそれだけだ」


 すごい、すごい甘酸っぱい! 王宮の図書館で見た恋愛みたいな甘酸っぱさに思わず身悶えしそうになってしまう。


「ま、そういうとこだ。じゃあアレク、今度はアレクの昔話でもしてくれよ」

「えっ? 僕もしなきゃいけないの?」

「あったりめーだろおい! 男同士の会話ってもんわなぁ! 隠し事なしだからこそいいもんなんだよ!」


 昔話かぁ………… 前の自分だったらしたくなかったかもしれない。でも、今なら、そしてアレクなら話してもいい気がした。


「そうね、ちょっと暗い話だけど」

「あぁ、仲間なんだからどんどんおいでや」


 そして、僕は過去に向き合うことにした。




◇◇◇




 ――――アレクサンダーは第二王子として生まれた。


 兄ルータスによく文句を言われていたが、なんだかんだで幸せな生活を送っていたと思う。


 でも、ある時流れが変わった。


 それは、父上母上の突然死。


 ルータスは国王になった。偉くなった。それだけじゃなかった。

 兄は僕に権威を振るうようになった。失敗を全部僕のせいにするようになった。


 最初は花瓶を割ったとかその程度だったが、ある時メイドの下着盗んだことになっていた。


 もちろん反抗した。僕はやってないと、でも聞き入れられなかった。

 それからだろうか、僕を育ててくれていた執事さんたち以外は冷たくなった。


 何をしても受け入れられなくなり、失敗は全部僕のせいになった。

 兄は僕のことを犯罪者の愚弟などありとあらゆる悪評をすべて僕に押し付け、外面ではいい人を取り繕うようになった。


 そしてそんな弟断罪しないことは兄の責任なのではないだろうかと言われ始めたころ、僕は勇者に選ばれた。だからいい厄介払いだったのだろう。すべてうまくいっている兄にいまや敵などいない。




 だから兄は今も慕われている。僕という犠牲の名のもとに。


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