第二話 勇者とは王子よりも奇なり

「…………えっと?」




 なぜだろう、強い倦怠感けんたいかんが体を支配している。


「アレクサンダー様!!!!!」


 それに加えて耳元で叫んでいる人がいる。


(何が起きたんだっけ)


 ぼーっとしていた思考がだんだんと覚醒していき、思い出していく。


「大丈夫ですかアレクサンダー様!」

「ちょっとやりすぎたみたい、特に体調に支障はないよ」


 目を開くと、僕のことをサンドラさんが覗き込んでいた。


(サンドラさん、よく見なくてもイケメンだな)


 くっきりとした瞳に手入れされた肌、強い日光を浴びながら狩りをする冒険者にとって相当苦労したんだろうなと感心する。

 そんなことを考えているうちに倦怠感も体から抜けてきたので、立ち上がる。


「ごめん、失敗だったみたい」

「そんなことありませんよ、あれはただ聖剣が…………」

「そういえば聖剣はどうなったの?」


 聖剣が光っていたのは気を失う前に見えていたためサンドラに聞いてみると、彼は後ろに置いてあった謎の剣を手渡してくる。


「これが聖剣です。そして、これはアレクサンダー様の剣です」


 アレクサンダー様の? どういうことだろうか。それにサンドラが手渡してきた剣は錆びた剣などではなく、新品同然の光沢をまとった美しい剣ではないか。


「冗談だったらごめんね、僕そういうの苦手だから。それに、もしさっきので壊れて自分のを差し出してるとかだったら気にしないで。あれは僕の責任だから」

「違います! 先ほど確かにアレクサンダー様の魔法に反応していました!」

「横から失礼しますが確かにその剣は聖剣です」


 執事さんも同調する、流石に冗談じゃないようだ。僕は何と言っていいのかわからずサンドラさんから聖剣を受け取る。すると聖剣がさっきとは逆に光を放ち、なぜか力が湧いてくる。

 物語の勇者は確かに憧れたことがある。自分が勇者になって世界を救う夢だって見たこともある。でも、そんなことどうでもいいとさえ思えてしまう恐怖が僕をよぎった。


「ごめん、整理させてほしい。サンドラさん今日はありがとう」

「こちらこそありがとうございましたアレクサンダー様」




◇◇◇




「アレクサンダァァァァー!!!」


 サンドラさんを執事さんに見送ってもらって数時間、僕を支配するが僕の部屋にやってきた。


「お前、何考えてるんだぁ?」


 ドアを蹴破るかのごとく乗り込んできたルータスは僕の襟首をつかんで怒鳴ってくる。


「お前母様に言われたよなぁ? 魔法は禁止だ。有害だってよぉ? それだけじゃ飽き足らず聖剣を己のものにするだと? 恥を知れこのぼんくら頭が!」


 壁に俺を押し付けて僕のことを何度も何度も執拗に蹴りつけ、殴り飛ばし、唾を飛ばす。今回は怒り狂っているのか顔だろうと際限なくだ。

 前にもこんなことがあったが、ルータスの愛人兼看護係あいじんけんかんごがかりの女に傷を奇麗に消されてしまった。今回もそうするつもりなのだろうと思うと抵抗する気力すら湧いてこない。


「二番目に生まれてきたお前が! 俺の上に立とうとする浅ましいその考えを捨てろと何度言ったらわかるんだ! 弟は! 弟らしく兄に使いつぶされておけばいいって言っているだろうが!」

「申し訳ございませんお兄様」

「言ったよなぁ? 俺はルータス=フィオ国王陛下兼お兄様だと?」


 絶対にそんな名前では呼んでやらないと僕は心に誓ったのだ。いくら拷問をされてもそれだけは絶対に言わない。


「まぁいい、お前にはあんな錆びただけ剣なんかくれてやる。だが、明日の勇者の儀を終わり次第さっさと城から出ていけ、そして二度と城には戻ってくるな。いいな?」


 手が痛くなったのかルータスは捨て台詞を吐いて僕を開放する。もちろんむせている僕を〆に一発殴ってから。


「あぁそうだ、いいことを思いついたぞ。これは楽しいことになりそうだ」


 この時のルータスの恐ろしい笑みは多分永遠に忘れることはない。




◇◇◇




 勇者誕生の儀式はつつがなく行われていた。

 王の間は神殿のような装飾がなされ、数千人を優に超える人間が集まっている。


「我ルータス=フィオはアレクサンダー=フィオを勇者に任命する!」


 ルータスは人前では猫を被っているので僕に時々笑顔を向けながら儀式を進める。だが、よくみると目が全く笑っていない。

 そんな一幕を差し置いて勇者任命式は何事もなく進んでいき、ついには閉式となる。


「未来を勇者に託し、私たちは彼の未来を祈ろう。これにて、勇者任命の儀は終わりとする」


 ルータスは締めくくりの言葉で終わりかと思いきや、言葉を続ける。


「そしてもう一つだ。通常は勇者パーティーを国が選出していたらしいが我は先日の文献にてこのような文言を発見した」


 民衆の大勢が固唾かたずをのんで王様の言葉を待っているが、僕はこの先何が起こるのかの不安で気が気じゃない。


「~初代勇者は旅の途中で最高のお供に出会い、共に魔王を倒した~ これが私の発見した文献での一幕だ。それを読んで私はこう思ったのだ。国から選ばれた人ではなく、初代勇者のように旅で最高の出会いをしてほしいとな」


 ルータスの言葉に民衆から拍手が上がる。誰も勇者のことなんて見ちゃいない。そりゃそうだ、ルータスと違って失敗しかしない人間だと民衆に思い込ませているんだから。


(勇者として成功した暁には絶対ルータスを失墜しっついさせてやる)


 僕はそう固く決意する。


「だから勇者よ、最高の仲間を見つけて魔王を討ってくることを心から願っているぞ」

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