第5話 わたしが勝ったら

「なんのゲームする?」

「格ゲー」

「お、陽佳からやろうって言うの、珍しいね」


 いつものように放課後――今日は陽佳の家で遊ぶことになっていた。

 蓮が驚くのも無理はない。陽佳が一緒に格闘ゲームをやろうと言うことは、出会ってからすっかりなくなってしまっていた。

 理由は単純――彼女の方が強いからだ。

 陽佳自身、負けず嫌いな性格ではあるが、負けると分かっている勝負にこだわるほど馬鹿じゃない。

 だが、今の陽佳はいつもとは違う。

 ――このゲームを、すでに一週間以上毎日練習してきたのだ。基本的なコンボはもちろん、ある程度応用の効いたコンボまですでに習得している。

 元々格ゲーを好んでプレイしていた陽佳だからこそ、それほどやりこんでいないゲームでも十分に戦えるレベルになった。

 それを卑怯だとは考えない。

 これも全て、蓮に勝つためだからだ。


「じゃあ、勝負するなら罰ゲーム決めよっか」

(……きた!)


 大体、陽佳から勝負を仕掛けると蓮はそういう提案をしてくる。

 これも想定済のことだ。

 蓮が罰ゲームを提案してきたのなら、その内容を陽佳が決めても拒否されることはない。


「いいよ。今回は私が決めてもいい?」

「お、随分とやる気だね? いいよ、どんどこい!」


 何も知らない蓮は、陽気な声でそんな風に答える。

 あれから、陽佳は一人で悩んでいた。

 ――初めては、陽佳と一緒がよかった。

 そんなことを言われてしまっては、意識するなという方が無理に決まっている。

 それなのに、蓮は翌朝からもずっといつもの調子だった。

 学校でも、学校の帰り道でも、放課後一緒にいても――別に、何かを期待しているわけではない。

 蓮とはあくまで家が近くて、たまたまゲームセンターで知り合うことになっただけの友人関係だ。

 それを確定させるために、陽佳は『それ』を提案する。


「じゃあ、負けた方は『好きな人』の名前を言うのは?」

「え、恋バナとか興味あるんだ……?」


 怪訝そうな表情で蓮が言う。少しだけイラっとした陽佳だが、そこは抑えてこくりと頷いた。


「あるよ、もちろん。蓮と一緒に遊ぶようになってから結構経つけど、こういう話ってしないじゃない?」

「んー、しないっていうか……まあ、ゲームして遊ぶような間柄だし? そういうのって親友とするものじゃん?」

「ぐっ、確かに私とあんたは親友じゃないかもだけど……だから罰ゲームになるんでしょ!」

「なるほど、そういう考えもあるね」


 納得したように蓮が頷く。

 ――この提案は、あくまで蓮の『好きな人』をシンプルに聞き出すためのものだ。とても自意識過剰なことをしているのだと、陽佳は思う。

 何故なら、それが自分以外であるのならいいと思っているのだから。


(……でも、もしも私だったら……?)


 そんな疑問も拭えない。蓮の好きな人が自分だったら――その時はどうすればいいのだろう。

 その時の答えを、陽佳は用意していなかった。

 ただ、確認がしたいだけ。

 きっと違うだろうと、高をくくっての行動だった。


(いや、今はゲームに集中しよう)


 ふるふると小さく首を横に振り、陽佳は前を見た。

 陽佳と蓮は隣同士で座る。

 キャラクター選択画面で、陽佳は練習をしてきたキャラを選んだ。

 この格闘ゲームを蓮がやっているところは見たことがない――そもそも、学校帰りにあるゲームセンターにも置いていないものだ。

 これならば練習をしている陽佳の方に圧倒的に分がある。

 そう思っていると、蓮は迷うことなく『投げキャラ』を選んだ。


「……!?」


 あまりに迷いのない選択に、陽佳は驚きながら蓮の方を見る。蓮がいつものように優しげな笑みを浮かべながら、


「これでわたしが勝ったら……蓮の好きな人を教えてくれるんだよね?」


 そんな風に、言葉にするのだった。

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